入梅の前に「卯の花腐し(うのはなくたし)」があった。
「卯の花腐し」は陰暦4月(卯の花月)の長雨のことで、美しく咲く卯の花を腐らす(くたす)のではないかという気遣いから生まれた季語といわれている。
「腐る」などという文字でありながら下品でないから不思議だ。
写真の卯の花は5月中旬に撮影したもので、その後の雨で見事に汚く?散った。そして、汚く感じた我が身に比べて先人の優雅さを思ったものである。
6月6日近畿地方に梅雨入りが宣言された。
玄関のヤマボウシが散り始め、それが最初は地面が真っ白になるほどのきれいさだが、徐々に地表で茶色くなり、誰がどう見てもゴミというかヤマボウシクタシを感じさせるようになった。
わが家では卯の花も済んだ。ホトトギスも聞いたが、もっと北の方に行ったのだろうか近頃は聞かなくなっている。少し寂しい。
瞬間(とき)待つや金色眼の青蛙
某日、モリアオガエルの雄たちがただ雌の来るのを待って池の上の木に止まっていた。モリアオガエルの目は金色でとてもかわいい。
七十二候「芒種」に「腐草蛍と為る」(昔の人は、腐った草が蛍になると信じた)というのがありますが、先人の知恵というより発想の豊かさにはとても及びませんが、せめて蛍でも見に行きますか。(6月10日まで万博公園)
返信削除先人の発想の豊かさについて、プレバトで夏井先生が「発想を跳ばしたのが良い」などと言ってますが、私などは全く発想が跳ばず、見たままの写真の解説みたいになってしまいます。復命書などという作業に埋もれた人生が惜しい。
返信削除お嘆き召されるな、物事は写実から始まります。
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