2014年2月9日日曜日

奈良瑠璃絵

  春日大社、興福寺、東大寺、三社寺の、花山院宮司、多川貫首、筒井別当による鼎談が奈良県新公会堂(能楽堂)であった。コーディネーターは朝日新聞の小滝ちひろ編集委員。
 記憶に残ったのは花山院宮司の話で、「ご神体の御蓋山は平城宮の真東で、そこは、豊穣を約束する太陽の昇る地、時をつかさどる月の昇る地、京の命を支える水源地だった。」と。
 そして3人の宗教者はそろって、「最近、心の乱れている人が多い。」と嘆いていたが・・・、
 私はその話を聞きながら、春日のご神体のすぐ横にモノレールを作ろうという人の汚れた心を想像してしまった。

  鼎談が終わって帰ろうとすると、そのロビーが「奈良瑠璃絵」の開幕式の会場であったので、予定外であったがオープニングと同時に参加することができた。
 こういう催しはあまり興味がなかったが、流れ星が飛ぶとか、予想外に美しいのに驚いた。大仏池では噴水に仏像が浮かび上がるなど、奈良らしい趣向もあった。
 一緒に、奈良県下各自治体の鍋料理やちょっとした特産品の店も出ていたので、十津川村の「鮎のうるか味噌」を購入して帰宅後すぐ味わった。
 奈良瑠璃絵の中心地に、それぞれが願いを書いた短冊を吊るす企画もあったので、「この国が戦争に向かいませんように」「原発が子や孫の世代まで残りませんように」と書いて吊るしてきた。

4 件のコメント:

  1. まともな宗教者であれば今の日本の政治や経済、文化、風潮を批判して当たり前だと思います。現在ほど仏の教え、神の教えを冒瀆している時は無かったのではないのでしょうか。今年のダボス会議でローマ法王でさえ今の資本論理を批判しているのですから。同じ会議で安倍は何を言ったのでしょうか・・・悲しくなります。

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  2.  スノウさん、こんにちは。その「まともな宗教家」の声が小さいのでしょうか、先日書きました、長谷川三千子氏の『日本会議』には、wikipediaによりますと、神社本庁、解脱会、国柱会、霊友会、崇教真光、モラロジー研究所、倫理研究所、キリストの幕屋、仏所護念会、念法真教、新生佛教教団、オイスカ・インターナショナル、三五教等宗教団体、宗教系財団法人が参加しています。
     日本の多くの宗教の底辺には「感謝の気持ち」のような謙虚さがあると思うのですが、これらの右翼運動には驕りと憎悪があふれているように思います。世の中は一筋縄ではいかないようです。

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  3. ひろさちや氏は宗教は「火」だと言っています。「火」を使えるのは人間だけで使い方を間違えれば火事になり大火傷で死ぬかもしれない。が正しく使えれば「暖房」「料理」「照明」に使える。難しいところです。

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  4.  非常に胸に落ちる引用をありがとうございます。
     素朴で謙虚な神仏の基本を思い起こそう!ということでしょうか。
     梅原猛氏が「明治政府が天皇と国家という神以外の神仏を殺してしまったのが道徳の荒廃の始まりだ!」と言っています。
     国家神道になびいた宗教、反省のない宗教と本来の神仏の教えを峻別することが大切なのでしょうね。
     素人の単なる感想ですが。

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