2014年2月23日日曜日

郷愁の味

  庭の水菜が大きくなってきたので、先日、息子ファミリーが来た時のメーンディッシュは『はりはり鍋』にした。
 合鴨と豚肉をふんだんに入れておかず風にした。
 公平に評価をすれば、クジラの赤身よりもこの方が美味しいし味も上品である。
 しかし、『はりはり』といえば『クジラのはりはり』と、記憶の彼方のもう一人の自分が異議申し立てをする声が聞こえてくる。
 美味しい美味しくないの問題ではない。
 郷愁の味の物差しは別のものである。
 鯨(ゲイ)テキなどというものも同じだろう。
 歴史の記録のために書いておくが、普通クジラの赤身は肉屋や魚屋には置いていなかった。
 乾物屋や乾物もあるような八百屋でメザシなどと一緒に売っていた。
 それを乾物屋と呼ぶか八百屋と呼ぶか、思い切って魚屋と呼ぶかは勝手だが、現代のイメージの肉屋や魚屋には置いていなかった。
 クジラとはそういうランクのものであった。
 映画『小さなお家』で、タキが「あの頃は明るく楽しかった」と言ったのに、甥の健史が「あんな時代にそんなことがあるわけないじゃん」と受け応えたが・・・・、
 そう、きっと公平に見て「あの頃のクジラの赤身が美味しいわけないじゃん」なのだろうが、今でも「はりはりは、クジラのはりはり」と、やっぱり私は思うのである。

アスパラは缶の底の方を缶切りで開ける
・・・・ということも懐かしい
  その夕食前に息子に「ホワイトアスパラも出そうか」と聞いたら「小さい時によく出されたが好きではなかった」と返ってきた。そうだったのか。
 ここでいうホワイトアスパラは近頃はやりの北海道直送のホワイトアスパラでなく、大昔からある缶詰のホワイトアスパラのことである。
 野菜と考えれば、いろいろ改良された豊富な野菜類の中で比較の土俵にもあげてもらえそうもない。
 惣菜の一種だと考えるとこれも「缶詰なんて」と議論の枠外だろう。 
 伝統の野菜でもなく、野趣というものでもなく、最新のファッショナブルな素材や料理でもなく、如何にも中途半端な彼奴のことを書くのを少々ためらったが・・・・、
 しかし、この缶詰という体裁、ちょっとムッとした香り、それは高度成長が終焉する以前は何かインターナショナルな明るく輝く体裁であり香りであったのだ。
 そういう感慨を共有する世代がリタイヤしてゆく今日、こういう印象を書き留めておくことも無意味ではなかろう。
 だから、美味しいか美味しくないかという物差しの外で私は時々買ってくるのである。

 こういう郷愁の味というのは、他人がどうもこうも言えないものだろう。
 こんなことを想うようになったということは、明らかに歳をとったということに違いない。

10 件のコメント:

  1. 長谷川町子のS32~S40時代「エプロンおばさん」というまんがに「先祖のゆういごん」というのがあります。仏壇の後ろに落ちていたボロボロの書状に「カメ、千金、、家、埋、子孫、掘」という字が読めたのでおじさんがポーとなって酒屋に電話で注文する中味が「特級酒、カニ缶、アスパラガス」と言うのがあります。
    私もこれにひどく影響を受けて独身時代お金があって何かうれしい時、この取り合わせで一人で一杯飲んだ覚えがあります。良い取り合わせと思いますが今はそんなシンプルな祝膳は無くなりましたね。さて、まんがのオチは・・・・・

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  2.  スノウさん、私は1年に1回の「仕事のための原稿作り」の最終盤です。そこへこの難題を突き付けられ、いっぺんに仕事が止まってしまいました。ああ。
     非常に平凡な考えですが、当時、家の地下から小金が見つかったという、話題になったニュースでもあったのでしょうか。で、おじさんは「瓶に千金を入れて家の下に埋めたから子孫は掘るべし」と読んで、日頃我慢していた特級酒、カニ缶、アスパラを注文したのでしょうが、実は、その文というのは・・・・・そこが解読できません。浦島太郎の話でしょうか?何でしょうか?
     スノウさん、仕事を片付けさせてください。・・・・・・・ああああ。

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  3. すみません。そこまで深刻な状態になっておられるとは思いもつきませんでした。
    お仕事のお邪魔をしてしまって幾重にもお詫び申し上げます。
    さて、エプロンおばさんの家には下宿人のお兄さんがいて友達に字の鑑定家がいるので「どえらいことになるぞ」と言って家を駆け出して行きました。おじさんはたすき掛けの着物を姿で熱燗のお銚子の口を持ちながら全文解読してもらったお兄さんを玄関まで出迎えました。
    さてさて、解読された全文は・・・「妻、カメ物欲つよく一かく千金もゆめを追い家風にあわぬ故四男、埋助をつけて離縁す。子孫にこの性質が出ることを憂う。堀太夫」という離縁状・・・・
    銚子が乗っているカニ缶とアスパラの祝膳の横でぶっ倒れたおじさんに水を入れたコップを持って駆け付けて来るエプロンおばさんでした。
    お騒がせなコメントですみませんでした。

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  4.  「カメのごとくコツコツと一攫千金を夢見ることなく家業に励むよう子孫に告ぐ」などと考えたりしましたが、埋と堀はなかなか出てきませんでした。
     原稿の方は「下手な考え休むに似たり」と切り上げるのに、丁度良いタイミングといたしました。
     素晴らしいコメントに感謝感謝です。
     そして、スノウさんのネタ帳の分厚さに腰を抜かしています。

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  5.  スノウさん、ということはエプロンおばさんの時代、アスパラガス(缶詰のホワイトアスパラ)は特級酒やカニ缶と肩を並べる高級食材と認識されていたのですよね。
     貴重な証拠で「我が郷愁の味」を裏打ちしていただきありがとうございます。

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  6. 私も当時、アスパラガスは缶詰でしか見なかったと思います。缶詰の中で水につかって、あの白く、ちょっと筋が口に残るような感じの味が高級だったんでしょうか

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  7.  知らない人は知らないが、知ってる人は知っている。この缶は底を切り開かなければなりません。普通の缶詰のように上を開けると、1本目を引き抜くときにアスパラの頭がつぶれます。そして、あの何とも言えない水(汁)を捨てずに、お皿に移したアスパラに少しかけるのがよろしい。大事なようでどうでもよい情報です。

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  8. 子供のころの憧れの缶詰は「パイナップル」の缶詰でした。近所の会社のお兄ちゃんがパチンコの景品(当時はお金に換えるシステムは無かったのではないか、と記憶していますが)で持ち帰ってくれたものでした。他のミカンやみつ豆の缶詰と違って輝いていました。あの強烈な甘さの記憶は今も残っています。

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  9.  ひげ親父さん、異議なく同意します。

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  10.  妻が、お刺身用の上等な赤身をたくさん購入してきたので、夕食はオーソドックスなハリハリにした。
     この料理、誰が最初に考え出したのかは知らないが、ノーベル賞ものだと思う。
     水菜はもうすぐ薹が立つ。次は春の食べ物だ。

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