もう少し遡ると関東大震災から102年。東南海地震を考える安政東南海大地震から171年。この東南海地震の発生周期は100年から150年であるから、明日発生してもおかしくない。
先人たちの偉いのはこのように「大地震・津波は避けられない」との認識で、四天王寺にはそのことを石に刻んだ『安政地震津波碑』が中之門を入った無縁仏の頂上にある。
それに比べて変に技術が向上したせいか現代人は危機意識が薄くはないだろうか。心理学でいう正常性バイアスもある。
安政東南海地震では『稲村の火』の伝承もあるが、四天王寺の石碑はもっと注目されてもよい。昨年四天王寺界隈街歩きをした際この石碑のことを少し話したが、正直皆の反応は低かった。
今年は1.17の30年ということでテレビなども少し力が入っているようだが、30年と31年に変わりがないように、アニバーサリーで終わらせてはいけない。読者のみなさんの1.17をコメントなどでいただければ幸いだ。
最後に、避難所などの各種設備も進歩がない。西欧先進国の避難所のテレビニュースを見て彼我の差をつくづく思う。
日本人はアホなのか、日本国はそれほど貧乏なのか。そうではなく、予算の哲学、政治の基本姿勢の問題だと思われる。
中学校の社会で習ったが、戦争の裏では死の商人が宴会を催している。
やれミサイルだ、台湾有事だといって、軍事費という名でアメリカの中古兵器をつけ払いで底なしに購入している。
そこを見ないで103万円の壁を語るから地方財政との天秤みたいな話で終わる。国民や維新の議論に全く欠落しているのはここだ。
1.17を語るとき忘れてはならない観点だと思う。
被災された当事者は辛すぎて語れないと言われます。それだけに、周辺の人は語る必要があるのではないでしょうか。
返信削除神戸で有名だったグリルが1.17で廃業されシェフは大阪に移転されたが多くのお客さんの声で大阪で再開された『もなみ』という店がある。あるとき珍しく空いていたのでオーナーシェフに「阪神間の町並みは綺麗になりましたね」と語ると「私には借金の山に見える」と悲しそうに語られた。
返信削除今日のテレビが「神戸は復興した」と語られるたびにその日のシェフの顔が浮かんでくる。
『国とか自治体とはいったい何か』ほんとうにカジノ万博に浮かれていてよいのか!と考えます。
全くそのとおりです。
返信削除