8月29日の夕刊に住井すゑさんの未公開の日記が発見されたことが報じられた。
『橋のない川』執筆前夜の日記である。
その記事で私が少し驚いたのは、住井さんが当時普通に「特殊部落」という言葉を使用していたことだった。
私の推測では、関西では普通に集落のことを部落と言っていたので未解放部落のことを普通に特殊部落と言っていたらしい。
それは当時の行政やメディアのアナウンスの所為でもあり、故に住井さんのこの文字(文章)にも差別の意識はなかったと思う。
さて後日、「何が特殊か」という問いかけなどで「特殊部落」という言葉は『差別語』とされたのであるが、私は改めて『差別表現』の背景について考え込むのだった。
同じ日、テレビでは大坂なおみさんが『Blak Lives Matter』(黒人の命も大切だ:和訳はいろいろある)のTシャツを着て準決勝のコートに登場したことを報じていた。
少なくとも米国内では、かつて『Blak』 は差別語のニュアンスが強かったが、このTシャツのとおり現代では普通に黒人のことを指すようになったらしい。
この世に「純粋の言葉」などはなく、言葉は常に歴史や社会をまとっている。
私は言葉やその言葉で名指しされる人々の感情に鈍感で良いとは言わないが、言葉の背景を無視してやたらに「差別用語だ」と言葉狩りをするのには大いに異議がある。
過日朝日新聞が配偶者のことをどう呼ぶかという記事を載せていた。
話し言葉でいうと私は妻のことをいうのに「家内が」と言い、相手に対しては「奥様は」と言うことが多い。
この言葉はどちらも「家の内」や「家の奥」という漢字の歴史を背負っているのは間違いないが、なかなか良い言いかえが見つからない。
「連れ合い」「お連れ合い」という主張も十分知っているが、私などは反抗期あたりの青年が友達などを「ツレ」と言うのとダブってもう一つ馴染めない。
戦後民主化の時代だろうか、父親が「ワイフ」と言っていたことがあるが、この頃はあまり聞かなくなった。
前の記事で殷の時代の青銅器を書いたが、漢字のルーツは殷の甲骨文字であるから、その文字の後進性を論ずれば圧倒的な漢字はほとんど使用不可能になる。
字源の歴史性を理解しながらも新しい社会性をまとわせて使用していかなければ今後の漢字文化はありえない。
単純な「言いかえ」に逃げるのでなく、正々堂々と議論を重ねていくしかないように思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿