2020年8月23日日曜日

似たもの同士

   昨日ベラルーシのことを書いたが、その国の独裁者ルカシェンコ大統領は「ウイルスなんか存在しない」「コロナは心の病」「ウォッカやサウナが効く」と豪語して自身が感染した。

 トランプ大統領も「コロナの99%は無害だ」「消毒液を注射してはどうか」「抗マラリア薬が画期的な薬だ」と豪語に次ぐ豪語で世界一の感染者数を更新している。。

 そして大阪府吉村知事は「うがい薬でコロナに打ち勝てる」「嘘のようなほんとうの話」と大見えを切って、人口比でみると東京と同レベル、または東京以上に感染者数等のワースト争いをしている。

 吉村知事ら維新の人びとの科学的データ無視のパフォーマンスは性癖のようなものであるが、メディアがもてはやした「大阪モデル」も黄信号、赤信号の基準を度々引き上げ、「結果を見てから基準を決めるのを科学でこれをしたら信頼性が揺らぐ。大阪モデルは科学ではなく政治だ」と山中伸弥教授に批判されている。

 科学的見解に背を向け、市民を煽る扇動政治家は見事に「似たもの同士」だと思う。
 
 松井大阪市長は「公務なし」を続け、吉村知事は在阪テレビ局に「通勤」している。
 小池東京都知事の「ICU入院は重症者に含めずに発表」して詐欺師まがいに「成果」を演出するのもえげつないが、イソジン知事の大阪モデルも五十歩百歩でないだろうか。

 そういう中、大阪維新はコロナそっちのけで「大阪市を廃止する」トコーソーの住民投票に突っ走り、「選挙に対立候補を立てるぞ」という脅しに屈した公明党がそれに乗っている。

 橋下元知事・市長自身が「保健所などの縮小で迷惑をかけた」と発言したように、彼らの「無駄を省く」というキャッチフレーズの本質が「福祉を省く」「セーフティネットを省く」であったことは明らかだ。
 「小さな政府」という新自由主義がこの国を如何に脆弱にして格差社会を拡大したかは明らかではないだろうか。
 「府立病院と市立病院があるのが二重行政だ」と言って進めてきた維新の政治が市民にとっていかに危険なモノであるかははっきりした。

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