奈良県立大学の観光社会学の講師ということだった。
スリランカの昔の名前はセイロンで、私の若い頃は世界で初めて女性首相が誕生した国、その後は女性大統領も誕生した国、選挙によって社会主義をめざした国のイメージが強かった。
しかし近年は、民族紛争が内戦になって経済等も停滞していたし、それがほぼ解決して、つい最近は大統領選で親中国派が勝利した国というニュース程度が私の理解だった。
なお私は大きな誤解をしていたが、内戦の主たる勢力の『タミル・イーラム解放の虎』というのが仏教徒だとばかり思いこんでいたが、それは実はヒンドゥ教徒だった。
そして現在人口上の多数派のシンハラ人の方がどちらかというと仏教徒だった。なおキリスト教徒はどちらにもいて、また別にムスリムもいるという多民族国家だった。
さて南インドと言ってよいのかどうか判らないが、この辺りのことになると私は大野晋先生の『日本語の起源』を思い出す。
私でさえ6冊以上の本を持っているその内容を単純化するのはよくないが、古い日本語とタミル語の間の、音素・音韻、基礎単語、膠着語である文法、助詞助動詞の用法、歌の韻律に共通することの緻密な証明は驚くべき水準である。そして相違もしっかり指摘されているのだが、私などはその学問の姿勢に圧倒されたままである。
世間一般には、先生の著作を読みもせず、「南インドと日本が、・・まさか」という風に正当に評価されていないように感じている。
そこで講師のラナシン先生だが、先生は多数派のシンハラ人だった。そして内戦以前はタミル人とも大いに交流があったし、余談ながらスリランカのムスリムも当時は厳密にハラル食でなく交流があったと語っていた。
元に戻って、私が驚いたのは先生がシンハラ語を少し話してくれたとき、その語順・文法が日本語とほとんど同じことだった。
講義の主要テーマではなかったので深くは知りえなかったが、「タミル語ではないシンハラ語が日本語と同じ語順だ」ということに浅学の私は心底驚いた。
スリランカの豊かな自然や豊かなカレー料理の話よりも、「もう一度大野晋先生の本を読み返したい」という気になって帰ってきた。
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