芸能ネタ、特にジャニーズなどは最も不得手とするジャンルなので深入りはしないが、ジャニー喜多川による少年凌辱は、あれが我が子や孫にされていたならばと考えると、許しがたい人権問題だと思う。
そこで少しだけ想像を許してもらえば、そのことはそのムラの中では昔から相当知られていたことではなかったか。
とすると、単に個人の犯罪に留まらず、周囲の多くの『見て見ぬふり』が犯罪を助長・拡大させていたと言える。その『見て見ぬふり』は言葉を変えれば、先日来度々触れている『同調圧力社会』という問題であると見ることもできる。
そういうことも率直に認めて、変な言い方だが過去の至らなさは率直に反省して、前向きに議論してほしいと願う。
そういう立場であることを前提にして論を進めると、2日の記者会見で主催者側(あえてジャニーズを含めて主催者側という)が、質問の挙手があっても指名しない「NGリスト」を作っていて現に発言を拒んだ問題がある。
咄嗟に私は「鯛は頭から腐る」という諺が頭に浮かんだ。それは内閣広報官が取り仕切る記者会見で何度も演じられた芝居であったから。
形式だけ「開いた」「聞いた」「時間です」という不誠実というかアンフェアは嫌というほど目にしてきた。それが「頭」だとしたら「身」の芸能事務所が腐っていても不思議でないというのは言い過ぎだが・・・。
民主主義を望むならば、こういうことに「それは許せない」と皆が声をあげるべきだろう。
この問題では、テレビや新聞など大手メディア(マスコミ)が、これも同調してタブーにしてきたことにも大いに大いに責任がある。
一般に、「この問題を取り上げたりしたらタレントを引きあげられるからメディアも手を出せなかった」と論じられているようだが、私は「この種のハラスメント、出演等の可能性と引き換えに性的関係を迫り、黙らせておく」体質はテレビなどのメディア側も含めて芸能界共通の腐敗構造があったのではないか。故にほんとうに問題を検討すると自分たちの問題にも飛び火するから黙っていたのではないかと思っている。
かつて私たちの労働組合はある法律の研究活動を行い、それがテレビのワイドショーにも取り上げられ、組合員も出席したことがあったが、その打ち合わせなどでテレビ局に出入りした組合員に聞いた話では、その種の下品な話が大ぴらに語られていて驚いたと聞いている。
テレビでいえば、朝夕の「情報番組」でまるでニュースのようなふりをして「こんな新製品が出ました」とかというコマーシャルが流されているのもメディアの根幹の歪みではないだろうか。
商売をしている親戚がいるが、「金を払えば番組に登場できる」とか「ニュース記事にできる」というセールスも来るという。そういう目でテレビを見ると、「どこそこに美味しい有名店がある」というような内容なのに「開店はつい2~3か月前」というのも結構ある。何が有名店だ!と思うが、それ等はその種のセールスだろうと私は想像している。
言いたいことはジャニーズもジャニーズだが(それを決して軽視はしないが)、現代のこの国で腐り方の酷いのはマスメディアの方ではないか。その傾向は政治面でも同様であり、それゆえにこそ政権や大阪府市政の現実があるように思っている。
見て見ぬふりはジャニーズの上層部だけの問題でなく、広くこの国の市民の弱さだろう。
この話は、いわゆる芸能ネタ、スキャンダルでなく人権や民主主義の試金石でもある。
そういう意味では会見の場での新会社の発言はまだまだ甘い隠蔽体質ではないかと感じた。
なお、この原稿を書いて後、7日夕方、この問題を特集した『TBS報道特集』を見た。
非常に真摯な態度が伝わってきた。見逃し配信を見ることができる方は視聴をお勧めする。他局にもそういう真面目な反省を求めたい。