櫻井よしこ氏は「名誉棄損だ」と抗議したらしいが、告訴したという報道はない。
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2022年7月31日日曜日
仁義なき右派同盟
櫻井よしこ氏は「名誉棄損だ」と抗議したらしいが、告訴したという報道はない。
2022年7月30日土曜日
最低の大阪府市政
2022年7月29日金曜日
ミョウガの子
写真はミョウガの子。そのまま刻んで薬味にしてもよいが、私は甘酢漬けが好きで、瓶に入れて冷蔵庫に保管している。保管といっても、けっこうむしゃむしゃと食べるから、あっという間になくなる。
祖母が存命中であった小学生の頃は「物忘れするから子どもは食べたらあかん」と言われていて、大人たちが美味しそうに食べているのがうらやましかった。その分、現在は存分に頂いている。
スーパーでミョウガを買っていると「それはどのようにして食べるものですか」と尋ねられたことがある。きっと「食べたらあかん」の躾が繰り返されるうちに「知らない」人が増えたのかもしれない。
夫婦の会話が「そこのあれ・・」というように固有名詞が出てこなくなった。またブログの文章の切れ味が大いに鈍ってきた。きっとこれは認知症ではなくミョウガの食べすぎのせいである。
高齢者のコロナは自己責任?
GoToトラベルなどの影響を受けた観光地や米軍基地の桁違いの影響を受けた県をよそに、相変わらず大阪府が最悪、最低である。
その全国で最悪、最低の知事が27日、28日から8月27日までの向かう1か月間、高齢者は不要不急の外出を自粛せよと宣った。
仮に外出=人流がリスクのひとつであったとしても、ほんとうに高齢者の感染の原因は当人の外出のせいだろうか。実際、忽那賢志(くつなさとし)阪大教授は「重症化して亡くなった高齢者の多くは、感染リスクの高い行動をして感染しているわけではなく、高齢者施設などへの(ウイルス)持ち込みによって感染している。高齢者に限定した行動制限に意義はあるのか疑問」とコメントしていると毎日新聞は報じている。
やはり、この知事お得意の中身のないマスコミ向けパフォーマンスの匂いが濃厚だ。一番文句の出そうでない弱い立場の高齢者に、何の手当もない自粛を求めて、仮に外出した人が発症したら自己責任と言って非難の言葉を集中させるのだろう。
そもそも不要不急とは何か。高齢者は家の中でテレビを観て座っておけば幸福だというのだろうか。高齢者がこの季節に映画にいったり美術館に行くのは不要不急の我儘、贅沢と言わんばかりだ。
もし不要不急の外出=人流がリスクだというなら、主に感染源となりやすい若い者こそリスクでないか。それに比べて高齢者の人流などたかが知れている。つまり知事の「要請」には科学的根拠は乏しく、「感染したら重症化しやすい高齢者のことを思ってのこと」というような修飾語で自らの施策の無能をすり替えているとしか思えない。
すでに長期間高齢者は「巣籠り」を続けてきた。その結果、精神的にも身体的にもダメージを受けてきている。その上にまたそんなことを言うのかと、私は怒っている。
2022年7月28日木曜日
そのロジックは判らない
京都新聞によると、二之湯智国家公安委員長は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体が開催した京都府のイベントで実行委員長を務めていたことを認めた。
またYAHOOニュースによると、岸信夫防衛大臣(安倍元首相の実弟)が旧統一教会について、「付き合いもあり、選挙の際もお手伝いをいただいている。電話作戦など、ボランティアでお手伝いをいただいたケースはあると思う」などと悪びれる様子もなく淡々と発言し、今後の教団との関わりについても「軽々に答えることはできない」などと答え、記事は、右派や保守系団体から抗議の声が上がらないのが不思議だと締めている。
日本の右翼と呼ばれる皆さんが韓国人や中国人に対するヘイトスピーチを行い、多くの「嫌韓」という内容の文章を執筆されていることには私は強く批判する立場であるが、少し斜めから以上のような諸事実を眺めた場合、次のような、
『天皇が来て、ひざまずいて這いながら慟哭するのを見るまでは、私がしばらく行かないというのです。私がそのように生きています。わかりますか?(「はい」)』(「文鮮明先生御言選集」383巻より)
『昔は韓国が(日本の天皇に向かって)東方遥拝をした。しかし、今はあなた達は、父母様のいらっしゃる韓国に対して西方遥拝をしなければならない』(完成と解放 1992年4月11日)
『日本人たちは東方遥拝ではなく、西方遥拝をするようになります。そうしないと日本がペチャンコになって、太平洋の底に沈むことになります。』(「文鮮明先生御言選集」355巻より)
‥というような主張の団体の広告塔になったり、選挙の手伝いをしてもらったりすることとどう論理が繋がっているのか私には理解できない。テレビで偉そうなことを言っているコメンテーターの方々も、結局権力の足下で何がしかのおこぼれに群がっているとしか思えないが如何だろうか。
2022年7月27日水曜日
夏休みの友
2022年7月26日火曜日
鑑定留置に注目したい
なお旧統一協会の呼称は、正式名称が「世界基督教統一神霊協会」(AssociationであってChurchでない)だから「統一協会」と略称するのが自然であり、初期にはメディアも統一協会自身もこの略称を使っていた。その後、「統一教会」とキリスト教会系の宗教を装うことに転じ、メディアもこれに追随するようになった。メディアもジャーナリズムの原点に帰って真実を追求しませんか。
2022年7月25日月曜日
老考古学者の訃報
2022年7月24日日曜日
梅雨明け十日
「梅雨明け十日」とは「梅雨明けの10日程は晴天が続く」という意であって、若い頃は丁度子どもの夏休みと合わさって「梅雨明け十日」に山登りを計画したものだ。
ところが今年は、早々に梅雨明け宣言がなされたかと思うと、戻り梅雨のような雨天が続き、今週(7月24日~30日)もあまり晴天とは言えないような天気予報が報じられている。ただ、山登りの計画もないし旅行すら計画していないから、気温さえ押さえられたら文句はない。
写真は23日土曜日の朝。今年の天気を象徴しているかのような妖しく美しい朝焼けだった。まあ珍しい風景に出くわしたと喜んでおこう。皆様にも好いことがありますように。
2022年7月23日土曜日
飼育員ピンチヒッター
2022年7月22日金曜日
ラッシュガード今は昔
今から30ナン年前、子どもを連れて市営プールに行ったことを思い出す。
2022年7月21日木曜日
玉虫似て光る
叶はざる恋に玉虫似て光る 加藤三七子 の句は歳時記で見つけた。
そのことは7月2日に『この街に吉兆を』で書いた。毎年街路樹にタマムシが来るのをお節介にも皆様方にお知らせするためケヤキの木に短冊めいたものを吊るした。
吊るしては見たもののタマムシが来なかったらどうしよう・・と少しばかり心配をしながら梅雨の晴れ間を待ち焦がれた。
凜ちゃんのお父さんからも「まだ来ませんか」と尋ねられてもいた。心配だけが膨らんだ。
そして18日(晴)、それまでも来ていたかもしれないが、ようやく今年の「初玉虫」に遭遇した(写真)。ただ、小さなタマムシが飛んでいるところは望遠レンズではなかなか捉えられなかった。
冒頭の俳句は木に吊るしたが、近頃の政治を見ていると、玉虫のしきりに飛んで村貧し 藤崎久を の句にもドキッとする。
ただ、それほど大きな昆虫ではないから地上から見つけて特定するのが困難。
2022年7月20日水曜日
大暑気払い
2022年7月19日火曜日
軍事力と原発再稼働
🔳 稼働中の原発を「仮想敵国」とやらに攻撃・占拠されたら、一瞬で日本は終わります。
逆に言うと、岸田首相が再稼働を進めるってことは、「仮想敵国」は実は存在せず、軍事費を倍増するための口実でありギミック(見かけ上の仕掛け)にすぎないということです。
真剣に国防を考えていたら、原発再稼働はあり得ない。
もし本気で「仮想敵国」を想定し、本気で脅威を感じているのに原発再稼働を進めるのなら、それは非常に愚かな自殺行為だと言えるでしょう。怖い、怖い、と言いながら急所を差し出しているようなものです。🔳
フクシマの教訓のひとつは、原発は外から原子炉そのものが攻撃されなくても、制御している機器類、そして実働させている電源(配線)のどこか1箇所にダメージを受けるだけで甚大な被害を生じるということだった。
2022年7月18日月曜日
大和西大寺は
2022年7月17日日曜日
人の死を政治利用する国葬に反対
2022年7月16日土曜日
はらぺこあおむし
2022年7月15日金曜日
100歳の誕生日
2022年7月14日木曜日
間直し(まんなおし)
選挙戦最終盤の街頭演説中に元首相が銃撃されたため、私もこれはテロではないかと一瞬考えたが、霊感商法や反共活動で超有名な旧統一教会によって家庭が崩壊した人物による復讐心と報じられている。
日本の統一教会・勝共連合は元首相の祖父岸信介らが大いに援助して誕生し、保守派の選挙運動を大きく担ってきた政治部隊で、その組織の宣伝に元首相は大いに寄与してきたから、一部報道にある「逆恨み」というのも的外れで、右派政党・政治家の集票部隊内の矛盾というのが正しいのかもしれない。
そこには政教分離という民主主義の原則もなく、信仰の脅しで権力に奉仕し批判者を抑え込むという役割を果たしている。
ということもあり、ちょっとした機会でもあるので、改めて科学的社会主義と宗教の関係について再確認しておきたい。
古い話で恐縮だが、カール・マルクスは1844年、25歳(なんと25歳!)の時の論文「ヘーゲル法哲学批判・序説」のなかで、「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、悩める者のため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」と書いた。
この文章に先立って、ドイツの詩人ハイネも「宗教は救いのない、苦しむ人々のための、精神的な阿片である」と書いている。故にこの論文のアヘンは、鎮痛剤、精神安定剤と読むのが正しい。
当時のヨーロッパのキリスト教は、国王権力と支えあい、専制支配のもとで苦悩する民衆に忍従を説いていたことも事実である。
ところが現代日本の反共主義者は「宗教はアヘン」という1844年当時のマルクスの言葉尻をわい曲して、科学的社会主義を攻撃したりしているが、上述のとおりマルクスが宗教を侮蔑(ぶべつ)していないことは、「宗教によって不幸に抗議している」と述べていることからも明らかだ。
つまり科学的社会主義は、反宗教の立場ではなく、宗教が実際に果たした役割を分析し、宗教が担った民衆への奉仕の意義を重視して、世界観の違いをこえた宗教者との共同をはかってきた。ナチスに対するフランスのレジスタンスの標語は「神を信じる者も信じない者も」であった。
2022年7月13日水曜日
ジョガベンと向日葵
2022年7月12日火曜日
団扇で吹き飛ばしたい
単に「地力が足りなかった」というような言葉でなく、この時代を切り開くための今後への運動の教訓は何かという大きな議論をしたい気分でいる。
歳をとると病気にもなる、コロナや熱中症で動きは鈍くなる。さてどうするか。特効薬はありそうもないが、世にはいろんな発信やつながりのツールはできている。ホンキで勉強し議論したらどうだろう。
ただ、大局的に見れば、手を変え品を変えの反共攻撃や野党分断の企みと、それを乗り越える運動の一進一退は常であるから、「諦めない」の一言あるのみ。そして「億劫がらない」かな。
国会の議席だけでいえば憲法改悪が俎上に乗ってくるだろうが、民主主義の運動は国会内だけではない。大阪では議席では多数派のトコーソーを住民投票で阻止してきた経験もある。
さて、今週のイクジイのため凜ちゃん用の団扇を作った。食べることが大好きな凜ちゃんのために表も裏も食べ物のイラストで覆った。この団扇で改憲勢力を吹き飛ばしたい。
この孫の未来のことを考えると、落胆してはいられない。
闇を裂く梅雨雷とほととぎす
2022年7月10日日曜日
夏の声
先日、早朝に散歩をすると、ヒ~ ヒ~ というトラツグミ(虎鶫・ヌエ)の声を聴いた。悪いことが起こりませんように。
2022年7月9日土曜日
こんな筈では とならないよう
やさしく強い経済成長を共産党とともに
2022年7月8日金曜日
自粛でなくテロを糾弾すべきでないか
大和西大寺駅前は私にはなじみの場所だから、妙にリアルに感じられる。わが家でもヘリコプターの音が不穏な雰囲気を伝えてきている。銃撃によるテロは「ついに日本までもがそんな国になったか」という不安を抱かせる。
元海上自衛隊員、どんな不満があったかは知らないが、君のしたことは民主主義への許すことのできない蛮行だ。そのことを明確に意思表示しつつ、亡くなられた安倍晋三氏に心から哀悼の意を表する。
この機会であるから、大々的な批判は留保するが、NHKが、長期政権、アベノミクス、拉致被害者問題、はては戦争法まで持ち出して賛美するのには大いに違和感を感じている。もちろん、森友も加計も桜も全く触れない。この異常さは安倍氏への哀悼とは別に社会問題として指摘しておかねばならない。
特に、テロがあったからと言って選挙運動を「自粛」するというのはテロの効果を高めていると思う。そのことについて、中島岳志教授の指摘は大切だと思うので、以下に転載する。
🔳「与野党、選挙運動止めてはいけない」 中島岳志・東工大教授
今回の事件のような非合法な暴力の目的は、私たちの社会を恐怖によって萎縮させることであり、許されることではありません。今、私たちが取るべき態度は、動揺せず、昨日と同じ今日を生きることです。毅然(きぜん)とした態度で事件が世の中に与える影響を最小限に抑えることが、テロに勝つことにつながるからです。
現在、与野党ともに選挙運動をストップさせていますが、それはやってはいけないと思います。今回の事件が週末の参院選の結果に大きな影響を与えてしまうことは、テロが社会を動かすのに有効だと認識されることにつながり、テロの連鎖を引き起こすことにもつながりかねません。私たちは動揺せず、選挙と今回の事件を切り分けて参院選の投票にも挑むべきです。
戦前も、テロやクーデターが続いたことで暴力が政治的に有効だという雰囲気が社会に生まれ、「2・26事件」や「5・15事件」などが起きました。その結果、治安維持を強化しようと警察や軍部が異様な力を持つようになり、言論や表現の自由が制限されました。今回の事件でも、テロ対策の名の下に、公権力によるさまざまな治安維持が可能になったり、発言を自主規制する空気が社会に生まれてしまわないか心配です。
暴力での圧殺は許せない。
麻生自民党のホンネ
自民党の麻生太郎副総裁は4日、街頭演説で、ロシアのウクライナ侵攻に触れた上で「子どもの時にいじめられたのはどんな子だったか。弱いのがいじめられる。強いやつはいじめられない。国も同じだ」と述べ、「強そうな国には仕掛けてこない。何発かやり返されると思ったらいじめられない。子どもの時の記憶を思い出してください」と強調した。
「何発かやり返されると思ったらいじめられない」。これは核抑止力論者である自民、公明、維新、国民の一部の「正解」だと思う。ならば、どのようにして「やられたらそれ以上にやり返される」と相手に思わせるか。それは時々「暴発」して見せて「あいつはヤバい奴だ」と思わせることである。時々暴発しない国はヤバくない。
プーチンのロシアにしても、金正恩の北朝鮮にしても、国内に民主主義がなく独裁であるからこそヤバいわけである。つまり、麻生太郎の主張は、日本国内の民主主義を否定し、戦争反対の声などを強権的に弾圧することによって初めて成立する「理論」である。麻生太郎の主張は、核抑止力論者共通の「正解」であり、非常に危険な主張である。
ここには、現実にいじめによって自死したり、あるいは心に大きな障害を残した子や家族への想像力がない。これではいじめの主要な原因が被害者の弱さになってしまう。
2022年7月7日木曜日
人間の勝手
カラスと雖も野生動物である。しかも特定外来種でも何でもない。ということで、自治体は「この上にカラスの巣がある」旨の表示をして巣立ちを待った。
駅の送電線の鳩除けの針山と同じ発想?
私はゴミステーションの隣家のためカラスには好印象はない。ネット(インターネットのことではなく網のこと)越しでもゴミ袋を突いて周囲に撒き散らすから、声を聴いたら飛び出してカラスを追っ払っている。
しかし、よく考えたら。袋をキチンとしてネットをキチンとすれば相当程度そういう被害は避けられる。だから、主たる原因は人間が作っている。
「自分の行動がどういう結果を招くかの想像力もないんかえ」と怒ってはいるが、近所のガミガミ親父と嫌われる気もないから、カラスに八つ当たりをしている。カラスもかわいそうなものである。
2022年7月6日水曜日
アリとキリギリス
さて、イソップの寓話『アリとキリギリス』は元はアリとセミらしい。ヨーロッパの北の方にはセミがいないので途中でキリギリスに翻意されたらしい。
いずれにしても寓意は享楽的生活をせず、将来のためにコツコツと生きろということだろう。上から目線の「節約生活に安住せよ」には全面的に賛同しがたいが、人間の生き方に関して大きな柱としては首肯できる。