2023年2月25日土曜日

至福の読書

   独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所は、元々は文部省の一機関で職員は国家公務員だったから、著名な歴史学者小笠原好彦先生もそういう国家公務員の時期があったはずである。
 先生の最新の著書を読んでいて、そんなことをふと考えた。

  国の機関、おそらくはそれに倣った地方自治体や多くの大企業でもそうであろうが、人事異動時には辞令交付式がある。国の場合、それぞれの機関のいわゆる幹部職員は会議室などに定められた序列順に並び、そこの長から辞令が読み上げられて交付されるのである。

  幹部職員の中にはそこで辞令を受けたのち夫々の赴任先に飛んでいき、その先で一般職員の辞令を交付することになる。考えてみれば形式主義というか無駄でもあるが、それは奈良時代ごろの律令制からの「決まり」であったし、さらには声を発して文書を渡す言霊の思想でもあった。

 人事の辞令交付を取り上げてみたが、宣命、布告などなどの行政命令もおおむねそれに従っていた。
 そういう経験、実体験は元国家公務員小笠原先生の記憶にもしっかりと残っていたことだろう。・・と、いらぬ想像をたくましくした。

   聖武朝難波宮内裏前殿のことである。
 聖武朝難波宮が発掘調査された結果、内裏の前に謎の「前殿」の跡が見つかった。著名な建築史家が監修した復元模型が大阪歴史博物館にあるが、それは、内裏正殿の前に、正殿と同じ桁行九間で、梁行は二間、低い高床、そして壁塗りの建物(前殿)である。

 詳細は省くが小笠原先生は、内裏正殿(大安殿)の威容を著しく損なうそんな建物はありえない。辞令交付その他の儀式に参列する官吏のための、吹き抜けのいわばテント代わりの日除け的な建物であっただろうと述べられているくだりに、私は先の「国の機関の辞令交付等の儀式の経験知」を想像して一人微笑んだ。

 『古代宮都と地方官衙の造営』小笠原好彦著(吉川弘文館)にはそういう新発見のようなものが豊富にあり、グルメ探訪や旅行に行くよりも何倍も楽しいひと時を与えてくれた。

※このブログ記事、難波宮前殿のことは以前にも少し触れた。今回の記事の「肝」は、その解明にあたっては先生の文部技官(研究員)としての経験が、他所の研究者よりも直感も含めて推理を導いたのではないかという私の勝手な想像にある。

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