しかしながら、揚げ物や炒め物の料理の音が庶民の共通認識になったのは少なくとも江戸時代になってからだろう。一方、アブラゼミは何時頃からアブラゼミと呼ばれたのだろう。それが戦国時代より前であるならその論は成り立たない。(奈良時代に油で揚げた唐菓子はあったが、その製造現場を知る者はごく少数だったのではないだろうか)
ところが、持っている本をあちこちひっくり返したが、アブラゼミがどの時代からアブラゼミと言われたのかという叙述に到達できないでいる。ヒグラシに比べて情趣が少ないからか、温暖化以前の古い日本列島(京や江戸)には居なかったのか、それとも明治の生物分類学登場以前はひっくるめて「セミ」だったのだろうか。
名前の由来の少数意見には「油紙」に似た色や模様だから」というのもある。慶応生まれの祖母は髪を染める際必ず油紙を敷いていた。外にも防水の包装紙などにも油紙があった。もう死語辞典入りかもしれない。しかし考えると、傘や合羽のような用途に使用した油紙の歴史は炒め物、揚げ物の歴史よりもはるかに古そうだから、案外、「油紙みたいな翅のセミ」というのが名前の由来という方が当たりかも・・。
写真のセミは少し乾いた感じに写っているが、油紙みたいな油蝉は多く納得できる。さて、ほんとうのところはどうだろう。
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