2017年10月2日月曜日

兎の眼

   鶴橋から私鉄にのりかえて、西大寺駅でおりた。・・西大寺は土べいがいいと小谷先生は思っている。・・小谷先生はほほえんだ。あいかわらず善財童子は美しい眼をしていた。ひとの眼というより、兎の眼だった。それはいのりをこめたように、ものを思うかのように、静かな光をたたえてやさしかった。小谷先生は小さなため息をついた。

 灰谷健次郎の名作『兎の眼』を読み返した。
 読み返しなのにあちこちで涙を止めることができなかった。歳をとると涙腺が弛むのである。
 発刊が1974年で主人公の小谷先生が22歳だから、少し後輩に当たるが、いろんな時代背景がよく判る。懐かしい。
 
 西大寺であった『古都こわしから文化財をどう守るか』というフォーラムで会場から、「文化財を守ろうという主張が若い人たちに浸透しない」という悩みが吐露されたが、この小説も若い人たちにどう響くだろうかと考え込む。
 
 ここのところ「アイヒマン」や「失望の党」のブログ記事を書いたが、私としては人生論を書いたつもりである。
 『兎の眼』は、分類上は児童文学なのかもしれないが、よくは知らないが純文学として大人にこそ読んでほしい。
 政局がらみの新聞やテレビの情報に埋まってしまうと心が痩せ衰える気がするが、『兎の眼』は心に満足感を満たしてくれる。

 「お前の神仏の話や人生論は難しいからコメントし辛い」と忠告を受けているが、そんな会話もキャッチボールしたいと思っている。

    鵙鳴くや僧が運びし大茶碗 (昨日の写真)

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