2015年12月22日火曜日

生まれる40年前

  18日の金曜日にNHKで、黒木華さんの語りつきで、二宮和也✕山田洋次✕美輪明宏3氏のトーク番組があった。
 印象的だったのは長崎の被爆者である美輪明宏さんのリアルな被爆体験と、校庭で何十という遺体を焼いたこと、そのとき母親?は子どもをしっかりと抱きしめて庇い二人の遺体を引き離せなかったこと、出征兵士に「死ぬな」と叫んだ母親が軍人に飛ばされて鉄の柱で顔から血を流しその兵士にとってはそれが今生の母の姿であったことなどなど、素晴らしい時代の証言の数々であった。
 賢そうな二宮和也さんは非常にまじめにトークをつないでいたが、それでもその顔は、「そんな時代もあったのですね」と、皮膚感覚では掴み辛い表情だった。
 荒っぽい話をすれば、わずか70年前のことであるのに・・・・・、

 しかし、ハタと考えると、30歳の人間がその時点で70年前のことを想像してみよと言われたとすると、つまりは生まれる40年前のこととなる。
 そのことを自分自身のこととして捉えなおしてみると、戦後一期生である私なら1904~1905年の日露戦争の時代を皮膚感覚でリアルに理解しろということとなる。
 だいたいが日本史といっても明治維新で終了した世代だし、日露戦争は司馬遼太郎の小説の世界である。大げさに言えば私の理解も時代劇と変わらない。
 つまり、今の若者に太平洋戦争はおろかベトナム戦争さえ「知っておけ」というのは酷だと私は思う。大人たちは自分のその頃(30歳ぐらいの頃)を胸に手を当てて振り返るといい。

 だとしたら、高齢者が体験したこと、高齢者が学んだことを若い世代にどう言い伝えればよいのか。「語り継げ」と言うは易いがほんとうは非常に重要だが困難な課題だなあと私は考え込む。
 中公新書「日本史の森をゆく」の中で小宮木代良氏は「過去の出来事についての共通認識は事件後70年目あたりを境目に大きく変化する」と指摘しているのもこのあたりに理由があるのだろう。
 これといった対案を持ち合わせているわけではないが、私たち自身が生まれる40年前を学び直しつつ、私たちの世代の経験を語ったり書いたりしなければならないと反省する。
 ああ、月並みな「まとめ」になってしまった。
 よい経験などを教えてほしい。学校の先生の役割も大きいように思う。どうしたらよいのだろう。

1 件のコメント:

  1.  9月13日の「近代史の匂い」という記事に、家の中からきっと私の祖父のであろう「明治27・8年日清戦争従軍記章」が出てきたことを書いたが、近代史を自分の身に引きつけて実感することが大切ですね。広い意味での帝国ニッポンの加害責任の一端は我が家族史の中にもあったのです。

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