2011年6月16日木曜日

ワープロは偉かった

 「はとぶえ」を送ってくれた同窓生の送り状に「ワープロで打ちました。」とあり、その頑固さにはサスガに脱帽した。
 私も長い間CASIOのワープロ一辺倒でやってきたから気持ちが痛いようによく解かった。
 各社の互換性には難があったが、大体が日本語の文書を作るために日本人が発明したワープロが悪いわけがなく、反対にWordは勝手に行の字数が変わったりして、如何にも欧米人の機械であったし、縦横の線の入った罫線入り起案文書の作成を専らとしていた仕事でもワープロの使い勝手の方が勝っていた。
 事務所の機械化が進んだ頃には、検索とMail用のパソコンとワープロとの2台を机の上において仕事をしてきたし、だんだんワープロが邪魔になってきた後もWordではなく一太郎を使用して抵抗してきたが、ついに圧倒的なシェアつまり互換性に敗れてWordに頭を垂れたのは還暦を過ぎてからだった。
 敗北感に包まれて正常なワープロを数台廃棄した時の悔しさは憶えている。
 こうして、相当古びたパソコンで、古いバージョンのWordを使って、パソコンに向って「勝手に動くな」などと罵声を浴びせつつ、このブログを書いている。
 自分自身はアメリカの世界支配に見事に絡め取られてしまったが、新聞に「ワープロの修理をして喜ばれている」という会社(人?)の記事があった時は何かホッとした。

2 件のコメント:

  1. 私の所には「SONY、MSX」の(ワープロソフト)があります。ン十年前子供達(当時)とおもちゃの様に使ったこれのおかげで、その後のIT時代についていけたと思っています。

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  2.  私は悪筆の上に筆圧が強いものだから、文を書くこと、その上に推敲(書き直し)することが嫌で嫌で、だから若い頃は「筆で仕事をせず口で仕事をしている」と笑われていました。その人生がコペルニクス的に転換したのはワープロのお陰です。「日本国ワープロ墓」建立の話があれば賛助会員にはならせていただきます。

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