大きな声では言えないが小さな声では聞こえない(古典的漫才のワンフレーズ)が、『お富さん』はあまり私の趣味ではない・・・・が、入所のみんなが知っている・・唄いやすい・・調子がよい・・ノッてくる・・で、厳然たる客観的第1位は『お富さん』だと、その後も度々再認識させられている。
そのため、調子にのって、歌詞の背景である「与話情浮名横櫛」の名台詞を施設に持っていった。・・・・
与三郎: え、御新造さんぇ、おかみさんぇ、お富さんぇ、いやさ、お富、久しぶりだなぁ。
お 富: そういうお前は。
与三郎: 与三郎だ。
お 富: えぇっ。
与三郎: おぬしぁ、おれを見忘れたか。
お 富: えええ。
与三郎: しがねぇ恋の情けが仇 命の綱の切れたのを どう取り留めてか 木更津から めぐる
月日も三年越し 江戸の親にやぁ勘当うけ よんどころなく鎌倉の 谷七郷は喰い詰め
ても 面に受けたる看板の 疵がもっけの幸いに 切られ与三と異名を取り 押借(おし
が)り強請(ゆす)りも習おうより 慣れた時代(じでえ)の源氏店(げんじだな) その白
化(しらば)けた黒塀(くろべえ)に 格子造りの囲いもの 死んだと思ったお富たぁ お
釈迦さまでも気がつくめぇ よくまぁおぬしぁ 達者でいたなぁ
おい安やい これじゃぁ一分(いちぶ)じゃぁ 帰(けぇ)られめぇ
・・・やはりと言うべきか、実母が大きな声で芝居語りを始め、要所要所で見得さえ切ったのはいうまでもない。入所者は大喜びだが、若いスタッフは「その難しいのは何なん?」とあっけにとられていた。
「貧乏人の娘が船場の御寮さんと呼ばれ、唯一のご褒美にと芝居見物。あの時だけは楽しかったなあ」という感慨は日中戦争以前のこと。
そんなに芝居が好きで観ていたとは、お釈迦様には遠い不肖の息子、これまで全く気がつかなんだとは、チョーン ほんに 間抜けだったなあ。
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