古墳の場所は、JR学研都市線・近鉄京都線狛田駅の西南の丘陵の麓で、イメージ的にはくろんど池の東北です。
円筒埴輪にホコを立てた送霊船といわれている船の絵があり、古墳時代前期の相当有力な地方豪族の円墳だということです。
きっと、和気王御陵墓と言い伝えられてきたこの古墳を先祖の墓同様に感じとり、自らも古墳時代から続いた子孫だと実感されているのでしょう。そういう体感を得られる方々を羨ましく思いました。
「勝手に想像しないで欲しい。郷土史や文化財の学習を趣味にしているだけなのだから。」と怒られそうな感想で申し訳ありません。
いや、絶対に御先祖様の話を聞きに来られたのだと思います。われわれは、その端っこで、その会話を聞かせてもらっているのだと。
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