2021年6月16日水曜日

日々反省

   退職者会の会報は会員に待ち遠しく期待されている。そのことを世話人の一人として痛感させられる出来事というか失敗があった。 

   何もしなければ失敗しないが、義を見て買って出ると失敗もする。今般の失敗は退職者会の会報に近況報告の原稿をいただいていたのに掲載漏れになったミスである。原稿を提供していただいた会員には大きな落胆を抱かせた。ほんとうに申し訳ない。

 それを大変な雑務全般を引き受けてくれている事務局担当のミスだというのは理不尽だ。そんな体制を見て見ないふりをしてきた世話人全体の責任で、それは甘んじて受ける以外にないと思う。

 ただ今回俯瞰して私が注目するのは、「掲載されていない」と電話をしてきてくれた大先輩のことである。自分の近況報告もわざわざ送付し、仲間の近況報告も期待していた大先輩の気持ちを世話人一同よく噛み締める必要がある。

 ズバリ!集合する行事がないから会報でも出しておくかではないのだ。退職者会にとって近況報告的な紙面交流は基幹的な行事だと世話人一同が捉えることが必要だ。となれば、あとは事務局でよろしくではなく、「お~いどうなっている」「手伝うことはないか」と声が欲しいが、それはないものねだりだろうか。

 コロナ禍で意思疎通が希薄になる下、事務局は世話人一同に些細なことでも相談する、世話人は「事務局大丈夫か」と日々尋ねる、そんな世話人体制を夢見ている。

 別件だが、原稿締め切り期日後に、私のところには次のようなショートメールもあった。『大変お世話になり有難うございます。〇〇〇〇の長女〇〇〇〇と申します。この度、会報次号原稿間に合いませんでしたが、またの機会があればお声をかけて頂ければ幸いです。今年94歳になりますが、往診医師の方々等に安心をいただきながら何とか自立で夫婦で過ごせております。皆様もご自愛くださいますようお願い申し上げます』と。

 失敗もあって落ち込むこともあるが、このように励まされることも多い。実際の世話人会はどこかの諮問委員会の先生みたいなものではなく雑務こそが本質だ。大先輩からの電話で日々反省の毎日だが、前向きに克服していきたい。

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