2021年6月24日木曜日

人事の古代史

   外国人が否定的に日本文化を論じる際、「日本では個人名でなく、主任、とか課長とか役職名で呼ぶ不思議」というのがある。 

 「清少納言」も「せいしょう・なごん」と発音されることが圧倒的に多いが、「清」は父の姓、「少納言」は職名が由来であるため、本来は「せい・しょうなごん」と区切って発音するのが正しい。

ただ、近い親族で少納言職を務めたものはおらず、「少納言」の由来は不明であり、藤原信義と一時期婚姻関係にあったと推定する説、先祖を顕彰するために名乗ったとする説、皇后宮の少納言相当であったという説などが推察されていて、いずれにしても私は、この国の基礎は律令国家だったのだなあと感じている。

というように、赤木ファイルが報じられた日に、十川陽一著『人事の古代史』(ちくま新書)を読んだ。

その第三章に『政争のあとさき』というのもあり、意識的に反乱を企てたケースもあるが、反乱に巻き込まれたもの、政権が代わって旧政権の残党扱いされたものなどの刑罰や官位剥奪のケースも述べられている。

現職時代けっこう自由に発言してきた私などは、そういう職場を作ってくれていた諸先輩のお陰だと感謝しているが、大阪に橋下知事が誕生したころから、非常にセンセーショナルに公務や公務員が侮蔑されるような風潮が強まり、社会のセーフティネットを支える公僕としての誇りが傷つけられていないだろうかと心配している。

けっこうな専門書であるこの本の紹介は置いておいて、上記のような感慨から、私は度々赤木俊夫さんの無念に想像が飛んだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿