森友学園の塚本幼稚園(籠池理事長)では公式のホームページで「韓国人・中国人等の元不良保護者が・・」と掲示したり、「邪(よこしま)な考えを持った(名前は日本人ですが)在日韓国人である・支那人であるそれらを先導する人」という文書を配布していた。
また副園長(籠池夫人)は保護者に対する自筆の手紙で「韓国人とかは整形をしたり、そんなもの(コーラ等)を飲んだりしますが・・」と書いたり、「心中、韓国人と中国人は嫌いです」と書いている。
そして運動会では園児に「日本を悪者として扱う中国と韓国が心改め、歴史教科書で嘘を教えないようお願いします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ」と宣誓させていた。
こんな教育基本法にも明確に違反する森友学園に対して、従来の基準では小学校の認可ができないからとわざわざ基準を改正し、認可寸前まで事を運んできたのが、橋下、松井大阪府知事のコンビである。類は友を呼ぶとはよく言ったものである。
以上のようなヘイトスピーチを聞くにつれ、私が思い出すのは現天皇のWカップ日韓共同開催と平城遷都1300年祭の折りのお言葉である。
そこで天皇は、「桓武天皇の母である高野新笠(たかののにいがさ)は百済の武寧王の子孫であり、韓国とのゆかりを感じます」と語られた。
その発言には正直に言って驚いた。それから私は、天皇制は前近代の遺制とか、戦争責任のある昭和天皇の子とかという単純な発想でなく、現天皇の発言を注意深く読んだり聞いたりするようになった。
その結果、現天皇個人は現在の憲法を非常に正確に学び、その精神の上に立って行動しようと努力しているように思うようになった。
そこには、現憲法を否定し、近隣諸国へのヘイトスピーチで愚策を隠ぺいしようとする安倍首相や維新や日本会議の面々と、大きな違いがある。
ナチズムに反対するフランスのレジスタンスの合言葉は「神を信じる者も信じない者も」であった。早い話がクリスチャンも共産主義者も手を取り合ってだった。
その伝でいけば、尊皇の保守も共産主義者も、真面目に日々に向かい合おうとする人々は、こんな戦前回帰の小学校は認可させないようにしようと手を取りあうべき時ではないだろうか。
昭和13年出版「標準支那語早学」には・・・、
オイ止まれ ハイチャンチュー
ほんとうのことを言はないと命を取るぞ ニープーケンシュオシーホアパーニーデミンシャオラ
早く白状しろ カイチアオレン
でないと銃殺するぞ プーランチアンビエ 等々が並んでいる(中国語の漢字は省略)。
現代史を語りあう必要が増していないだろうか。
シッシッシッ豌豆は喰うなヒヨドリめ
鴻池祥肇参議院議員がテレビに出て、籠池夫妻と会ったところ夫人(副園長)から封筒を持って「これでお願いします」と言われたので「無礼者」と突き返したと述べている。
返信削除この限りでは鴻池議員が斡旋(口利き)したかどうかはわからないが、少なくとも籠池夫妻が違法な賄賂を国会議員に手渡そうとしたことは間違いない。
こんな園長、副園長を教育者と認めて小学校の認可をしてよいはずがない。
そして、籠池らが、他の「有力者」に政治的圧力をお願いに行ったであろうことは想像に難くない。
長谷やんは少し以前から時々ブログに記事にされていましたが現天皇の発言の冷静な分析に感心しています。
返信削除天皇制の問題はどちらかというと感心も薄く理解も浅いのですが、冷静に読んだり聞いたりすると現天皇の発言は非常に理性的な感じがします。
返信削除それと比べて、安倍内閣周辺に繋がる右翼の人々は非理性的で、象徴天皇個人に対して大いに人情に欠けると思っています。
付け加えて、こういう話を、いわゆる民主的な人々があまり語らないのもどうかと思うのです。
語らないということは、安倍周辺右翼の「特例法」に抵抗しないことにもなりそうな気がします。
私も以前から現天皇は、平和憲法を守る強い意思があると行動や言動を見て感じていました。若い頃は天皇の言葉も理解できない中で、天皇=右翼の神様と思っていました。天皇を良く言うことはすなわち右翼に近い、今で言う安倍内閣や橋下維新の考えに近いと思っていました。それで、天皇の話題は避けてきました。しかし冷静に考えると長谷やんの言う通り、現天皇は理性的で人情的で何より人格が高いと思います。森友学園の園児の安倍総理をたたえる狂気じみたビデオを見ましたが、安倍総理の昭恵夫人は涙を流して喜んでいました。園児の親の顔も見たくない。完全に狂っています。第二の故郷大阪を「青空が戻ってきたこの革新府政を守り発展させよう。」の時代を懐かしく思い出します。
返信削除バラやん、コメントありがとうございます。
返信削除現天皇の評価はいろいろあるでしょう。私自身詳細には検討していません。それに「天皇制」についての意見も多様だと思います。
しかし、安倍周辺、日本会議の右翼の人々は、口では天皇を大事にしているようなことを言いますが、実際の主張は人間として如何なものかといったレベルです。私はそのことを言いたい気持ちです。