しかし結論から言えば、それは不真面目な議員を追及する議員を落とし、比率でいえば不真面目な議員を増やすことになる。
なぜなら定数削減の場合、手を付けやすいのは比例区であるからで、ズバリ焦点は比例区の削減だ。
なぜ手を付けやすいかといえば、マスコミなどがまじめに社会を語るよりも、選挙をある種のゲームのように語ることに重心をかけるので、誰が勝つか、どの党が勝つかの予想が当たったかどうかが話題になる傾向がある。
その延長線上に、運動競技やお笑いのコンクールのイメージと重ねて、トーナメントを勝ち抜いてきたものが真の勝者。敗者復活で勝ったものはある種のマガイモノのような没論理的な例えや感情が一定存在している。つまり、小選挙区の当選者が真の議員で、小選挙区では一位でなかったが、比例区で当選した議員を二流のように語る大きな間違いがあるからだ。
さて、議会や議員とは何だろう。どうあるべきなのだろう。
選挙区制について、私は一定の配慮がされるのを絶対に否定するものではない。
しかし、図にあげた例のように、ある府県の約3割の支持しかない政党が、議席数では10割の議席を占めて「〇〇県の声はこういうことです」と反映されるのは良いことだろうか。
それよりも、国会といっても委員会議論が中心になることは当然だろうから、国民の2割の支持を得た政党が2割の議席を得、3割の支持を得た政党が3割の議席を得る方がよほど正当性があると思うがどうだろうか。
もう一つ、例え話だが、選挙区ごとの定数問題で全国で見ると「ひとり一票」ではなく、少なからず「地方」の方が「有利」であることがあるということについて、「弱者である田舎の声を反映させるために合理的である」つまり、「それによって都会の多数意見だけでなく田舎の少数意見も反映される」という主張もけっこう大きな声で語られるが、それでは聞くが、その種の選挙制度でもってバランスを考えなければならないものは、「都会対田舎」だけなのだろうか。
選挙制度でそれに対処するなら、男性と女性の、一次産業従事者と三次産業従事者の、などなどいろんな「選挙区」をつくる必要がある。だから、「選挙区こそが真の選挙制度だ」みたいな話は絶対にやめるべきだろう。
今日はここまで。

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