2024年1月4日木曜日

テレビの向こう

   息子ファミリーが能登大地震の際に石川県にいたことは先日書いたが、その夜(元日)は風呂にも入らず、いつもは1階だが2階で、スキー用のヘルメットと衣服を着たまま布団に入って一夜を過ごしたという。
 あけて1月2日、息子は「さすがに箱根駅伝は中止されていることだろう」と思ってテレビを付けたら、そこには「地震などあったの?」とまでは言わないが、ごく普通のお正月、箱根駅伝の風景が映っていて驚いたと報告してくれた。

 息子の驚きがおかしいわけでもないし、箱根駅伝実行の判断がおかしいわけでもないが、結局われわれの共感や想像力にはそれぐらいの距離感があるということを教えてもらった気分でいる。
 
 いまだに家に帰れないフクシマの悲しみについても、もっと言えばウクライナやガザの悲しみについても、当事者から見れば同じような距離感を感じておられることだろう。
 テレビニュースを見て、「悲惨な状況が解った」というような言葉は軽々には吐けないと思った。ましてやテレビで「・・・方々にはお悔やみ申し上げます」的な言葉の軽さをも・・・。

 それでも我々は暮らしていかなければならないから、世界中のあらゆる不幸に同質程度のある種「服喪」のような態度と感情を取り続けることはできないが、又そうでなければその感情は嘘だというのもリアルでないし正しくもないと思うが、ニュース画面の向こうに、できる限りの共感と想像力を忘れないようにはしたいものだ。
 事実、遠戚は今日も石川県で暮らしている。そして私たちは心配している。

 と言いながら、わが家のお正月の祝宴も中止などせず楽しく集った。息子ファミリー、娘ファミリー、全員集合で楽しい宴を開くことができた。これ自身間違っているとも思わない。地球上に不幸な人の一人でもいる間は楽しんではいけないということも正しくないだろう。ただ心の中では忘れずにいたい。

 宴でいうと、先日のブログで書いた馬刺し、そのユッケ、さらには「さいぼし」そして「にごり酒」も好評だった。
 子どもたちからはネット社会に危険な冒険は注意するように言われたが、年賀状のQRコードに埋めた動画についても「祖父ちゃん祖母ちゃんスゴイ」と誉められた。

 さあ今年もがんばるぞ! そして、ニュースの向こうにできる限りの共感と理解をもって支援していこうと「一年の計」に書き加えることとした。

  一年の計「別に~」と孫の言う

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