2024年1月27日土曜日

再々 戌亥の隅にどっさりこ

   他愛ないことだが、何故私たちは箸を使っているのだろう、何故私たちは日本語をしゃべっているのだろう、何故、輪廻転生を説く仏教徒が墓を立てるのだろう、考えてみると不思議で面白いことは尽きない。

 いろんなアプローチがあるが、一般に民俗学は、そういう「どうでもよい?」テーマを考える高齢者には魅力的なものである。そしてそれは人生を豊かにする。
 だいたいが自分の国の歴史や特徴を語れない人間の未来社会論も面白いはずがない。
 と、話は大きく出たが、1週間後は節分。豆まきのことを考える。

 現代でさえ地震の予知ができないのに、古代や中世の人々が地震や噴火や、それに疫病、パンデミックを怖れ、その原因は何かと考え悩んだのは当然で、中国伝来の陰陽道など最新の知識も加え「それはきっと鬼の仕業だ」と考えついたのも頷ける。
 だから豆まきも、決して誰かが思いついた幼稚園の行事ではない。

 さてこのブログでは、わが家では「鬼は外、福は内」と豆まきをした最後に「戌亥の隅にどっさりこ」と言って豆をまいて扉をガシャンと閉めて豆まきを終了すると書いたが、その後私が尋ねた友人たちは「戌亥の隅にどっさりこ」と言うのは知らないと言った。

 そのため、国立国会図書館に行って柳田國男などの本を調べたりしたが調査は進まないでいたところ、古書店で入手した昭和47年発刊の『日本の民俗 大阪』に、「・・守口市の佐太一番では・・『福は内、鬼は外、乾の隅へドッサリコ』と豆をまき・・」とあるのを発見した。やっぱり大阪にこういう習わしがあったのだ! 

 そこで気を取り直して少し丁寧にネットを探してみると、梅田茶屋町の画廊『Gallery4匹の猫』のオーナーの日記の中に「生前、祖母は豆まきを率先して行い、半紙を折って作った「みの」に神さんへの豆を供え、最後はトイレに「乾の隅にどっさり」と言って豆をまくように言ってました。何をどっさりやったんか聞いておけばよかったです」というのを見つけた。

 そして今回、さらにいろいろ調べてみたところ、陰陽道の影響を受けつつも半ば自然に、宅地において戌亥の方角(北西)を神門として重視する思想があり、奈良盆地では「戌亥蔵どっさりこ」という俚諺(民衆の間から生まれたことわざ)があったり、蔵は戌亥に立てる(戌亥蔵)という風習も全国にあることがわかった。戌亥は神門で福神を祀るなど吉祥を願う方角である。

 さらに、大阪は河内の農家による HIROJI`S  Agri  Diary というブログに豆まきのことがあり、豆まきの最後に『蔵の前に「戌亥の隅にどっさりこ」 と言って豆を山盛りに置きます』と言うのを見つけた。

 最後に、「先人の知恵やならわしを伝承することが大切だ」という言葉については多くの同意があるのだが、いざ実際には「豆まきなんかしない」という答えの返ってくることも少なくない。ここは一念発起、来週の節分には窓とドアの外へ、「鬼は外、福は内、戌亥の隅にどっさりこ」と大きな声を出して豆をまきませんか。
 それともデラシネでいいですか。

3 件のコメント:

  1.  山背…「どっさりこ」を読んで、七十二候最終項「鶏初めて乳す」を開きました。昨今との違い等も思いながら、勝手気儘な一年でした。来月からは、繰り巡り初項の初候「東風凍を解く」。「世界凍りを解く」としたいものです。hisa

    返信削除
  2. どなたかロシア領事館かイスラエル領事館近くで「鬼は外」って豆まきを企画してくれないでしょうか?

    返信削除
  3. hisaさんお便りありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

    返信削除