2020年11月1日日曜日

私事ながら

東高津宮
   私事ながら、大阪大空襲で大阪市内が焼け野原になるまでは我が家は天王寺区東高津にあった。

 だから、今も東高津宮の鳥居には父の名が彫られて残っている。そんなもので、故郷大阪市を廃止するという住民投票には私は怒りを禁じえない。

 偉そうに言う気はないが、大阪府知事よりも大阪市長よりも何十倍も大阪のことを知っているし愛着もある。

 大阪市廃止論者の主張は、大阪市のお金を府に吸い上げてカジノ産業に投資して経済を成長させるのだと。この発想自体が時代遅れであるだけでなく、これ自体が博奕である。しかも勝ち目は全くない。

 その一方で、私は彼らの口から文化の振興めいた話が全く出てこないことにも悲しんでいる。多くの大阪市民は知らないかもしれないが、東京は経済の街であるとともに文化の街でもある。劇場や美術館の数は大阪とは桁違いの数である。文化も又経済を押し上げる。こんな言い方はしたくはないが、大阪市廃止政策は大阪を巨大な”ど田舎”にする政策である。

   長谷川義史さんのイラストではないが、「大阪市なくなって ほんまに ええんか よー考えてや!」

 写真は我が家の額だが、「東の滝平、西の加藤」と言われ、なにわを描いた故加藤義明氏の切り絵である。氏の切り絵は淀屋橋駅の壁を大きく飾っていたときもある。

 大阪市廃止に「反対」した上で、大阪をまともな街に立て直してほしい。

0 件のコメント:

コメントを投稿