2018年4月11日水曜日

人間という奴は

 愛媛県出身の先輩の言うには、加計学園認可の不当性は頭の中では十分わかるが、四国の過疎化の「やりきれなさ」を見続けてきた気分でいえば、新しい大学(学部)が地元にできることを応援したい気分になってくると。
 これは非常に正直な気分だと思う。
 「メッセージの伝え方」というテーマでいえば、自覚的民主勢力といわれる人々は、そういう気分を頭から否定せずに対案を共に語る必要があるように思う。

   奈良県でいえば、京奈和自動車道(高速道路)の大和北部分が平城京域を地下トンネルで縦断する事業化が進められようとしている。
 先の平城宮祉の舗装化と相まって「地下の正倉院」と呼ばれるほどの木簡が地下水の低下によって「歴史的破壊」に遭うことになる。
 しかし、奈良県の道路事情の悪さを改善してほしいという「一般大衆(多分に皮肉を含む言葉)」の希望も大きいから、「今後の少子化・人口減少社会で道路も空くだろう」では対案にならないのではないか。
 大阪市法円坂・難波宮祉北側のように盛土方式等で対応できないものだろうか。

 安倍内閣のモラルハザード(一般的な言葉)につられるように、ことほど左様に地方自治からも良識とか文化というものが劣化しつつある。

 小笠原好彦先生の古代史の講義の脱線部分にこういうのがあった。
 小笠原先生は奈良文化財研究所を卒業後40年近く滋賀大学で研究され、聖武天皇の紫香楽宮跡の発掘調査を担当され、途中からは調査委員長として分析・研究されてきた。
 そして、甲賀宮跡を発見され、甲賀宮と紫香楽宮の関係などを解明途中だという。
 ところが、平成の大合併で信楽町は甲賀市になり、元信楽町長と元水口町長が熾烈な市長選挙を闘って元水口町長が当選し、その途端「紫香楽宮・甲賀宮」の発掘調査は事実上ストップし、水口城の整備事業に重点は移ってしまったと。ああ。

 昔、上岡龍太郎が「民度以上の政治はできない」というようなことを言った記憶があるが、民度=市民の良識や文化水準や知性を底上げする大切さをつくづくと思う。
 近畿財務局職員の自殺に関わって私は現職職員に対して「各自がしっかりしろ」とはこれまで言ってこなかった。ただ、「仲間を大事にしろ」「労働組合は防波堤になれ」と繰り返してきた。

 反対に、OBに対しては「声を上げよ」「語れ」としつこいように言ってきた。そうなれば京都府知事選挙の44%は各地のものになり、さらに44%は50%越えを展望できるのではないかと思う。
 人間という奴は、世論という奴は、弱いものだと私は悲観的でなくそう思う。
 そんなことごとをホンネで語らないか。

 受講終え控し妻と合流す脳梗塞の友の恥かみ
 リハビリのために歴史講座を受講した友(先輩)を奥様は家からずっと付き添われていた。奈良公園を少し散歩してから家路につくらしい。

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