2014年1月17日金曜日

あれから何年

  今日は阪神淡路大震災から19年目の祈念の日である。
 自分が30歳の頃にその19年前というと遥か昔のように思ってしまっていたが、今この歳で振り返る大震災はついこの前のことである。
 この感覚は、冬の一刻と夏の一刻が異なった不定時法のようなものだろうか。
 さて、あの頃、私など多くの関西人は「関西には大きな地震はない」と信じていた。
 無知というものは恐ろしいものである。
 そしてその後、東日本大震災を私たちは経験した。
 なのに、今でもこの地球のプレートのせめぎあっている列島に原発を再稼働させようという人がいる。それはもう札束の前に思考停止しているとしか私には考えられないことだ。
 そういう最中に、脱原発をワンイシューにした都知事候補が現れた。
 そして、あれほど「19年前を忘れないでおこう」と呼びかけるマスメディアが、こと、この人のことになると20年前がなかったかのように不問にしている。
 未来のためにはいつまでも過去に拘っていてはいけないという、一般論としては私もその考えを全否定はしない。しかし私は首をかしげる。
 
  細川護熙氏の名前を見ると、私はどうしても小選挙区制のことが思い浮かぶ。
 普通には細川内閣の唯一の「実績」???と言われたりする。
 その小選挙区制を歴史が検証すれば、一言でいえば「民意と乖離した政治」を生んだということに尽きる。平たく言えば政治を腐敗させた元凶である。
 もっと言えば、各地の裁判所が断罪しているように、憲法違反の国会と内閣をつくったのだ。
 平成24年年末の衆議院選挙の比例区の自民党の得票率は27.62%。
 平成25年夏の参議院選挙の比例区の自民党の得票率は34.68%。
 それが今、絶対多数を占めて暴走している。
 「選挙区が狭くなると選挙にお金がかからなくなる。」は嘘だった。
 「政権交代によってチェックが効く。」も幻だった。
 連邦国家や合衆国でもないわが国で、「我が地の代表」もないものだし、そもそも、このように重要な政策が多い時代に、「我が地の代表」が比較第一党の一人の議員の意見に集約されていると考える方がおかしい。
 もう一度言うが、今日の我が国国民の生活の低下や政治の閉塞状況、もっと言えば「民意とは異なる戦争のできる国づくり」を招いた一番の責任は小選挙区制にありはしないか。

 ところで、もう一方の当事者であった、当時の自民党総裁河野洋平氏は「小選挙区制は大失敗だった。」と反省している。
 当時の隠れた当事者であったマスコミからも、例えば毎日新聞岸井成格元主筆は「小選挙区制は失敗だった。」と発言している。
 しかし私は、細川氏が同様に反省したという言葉を今日まで寡聞にして知らない。

 繰り返しになるが、先の堺市長選挙では共産党と真面目な保守の方々との共闘が実現した。その時共産党は裏方に徹していた。
 そして私は、そういう姿勢を心から支持をした。
 だが・・・・・、「脱原発」を言うのはよい。しかし、過去に誠実に向き合わない人を、日本の「中流」を崩壊させた小泉氏が担いでいる。マスコミは囃し立てるが、それを信じるほど私はお人好しではない。
 ワンフレーズやブームで終わった選挙の後の悲劇は十分に知っている。
 「郵政を民営化すれば全てがバラ色」という言葉に踊った結果が今日の状況ではないのか。
  小泉氏の北朝鮮訪問などは正当に評価するが、それはほんの一部だと思う。

 私は誠実で政策を整理している宇都宮健児氏が東京都知事に相応しいと信じている。
 どうしてこの国では政治家の人格を問題にしないのだろうかと不思議でもある。
 ワンイシュー選挙は非理性的であると思う。

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