2014年1月11日土曜日

発見!八坂の十日蛭子


  新春の『十日ゑびす』は、商売繁昌に特化して現世利益を保証する、いかにも関西的な行事だと言われている。
 正味の商売人だけでなく、・・・労働市場の中で働いて賃金を得ることも商売に似たようなものだと考えれば、要するに所得の安定、乃至その増額を願う関西人のニーズにマッチしているのだろう、関西各地の『十日ゑびす』は非常に賑やかなものである。
 というワンパターンの関西人を一括りにする言われ方にはちょっと引っかかるが、まあいいだろう。
 そんな関西人の一人である私も妻も、『十日ゑびす』が済まないとお正月が終わらないように思うクチなのだが、ところが此の頃は、あの今宮戎の大混雑がいささかしんどく感じられるようになってきた。
 なもので、ここ数年は、京都は祇園・宮川町の京都ゑびす神社に行ったりしている。(一昨年)
 京都ゑびす神社は今宮戎には遠く及ばないが、結構露店も出て、なかなか賑やかなものである。
 そして今年もその京都ゑびす神社に行ったのだが、確か八坂神社でも『十日ゑびす』があるはずだと思い、少し足を延ばして『十日ゑびす』のハシゴをしてみた。
 ここも同じ祇園で、それこそ目と鼻の先であるが、メジャーリーグと日本の二軍ぐらいの差があった。が、しかし結論から言うと、その人出は多からず少なからず、(どちらかというと寂しくはない程度に少なく)、まことに心地よいほどほどの賑やかさだった。
 入り口近くに「三社詣」の紙が用意されていて、願旨と氏名を書くようになっていたが、我が夫婦は知らずに何も書かずに持って回った。
 三社とは、祖神(おやがみ)スサノヲノミコト、祖神六世孫オオクニヌシ、オオクニヌシノミコトの御子神(みこがみ)蛭子(エビス)の三社で、それぞれ「三社詣の祈願の紙」に朱印を押印してくれる。
 その上に、大国主社では打出の小槌で、蛭子社では鈴で、一人ひとりにお祓いをしてくれるのだから、そのメジャーリーグ以上の丁寧さに非常に気分がよかった。八坂神社の蛭子社いいぞ。
 ただ、小さなお社だからこれでいいのかもしれないが、普通えべっさんは耳が遠いと言われていて社殿の裏などをドンドンと叩いて大声でお願いするという非常に人懐っこいしきたりがあるものだが、そういう設備はここにはなかったので、正面の柱をドンドンドンと叩いて名前を名乗って「よろしお願いします。」と声をかけてきた。
 なお、どういうわけか、何年か前に行った西宮にもこのしきたりがなかったので少しだけ残念だった。このドンドンドンはスキンシップのようで私は好きだ。八坂の蛭子っさんも叩くところをつくってほしい!
 そして、どちらが主目的やと誤解されそうだが、先斗(ぽんと)町で、といってもリーズナブルなお店で、食べて飲んで、福笹を掲げながら蛯子っさんよろしく千鳥足で帰ってきた。

1 件のコメント:

  1.  堺の古い友人からFacebookで「堺戎に行ってきた」という報告があった。歴史教育者協議会の中心メンバーである彼女によると「堺戎は長尾街道に沿っていたことがよくわかる。」とのこと。
     現在の道路(花田口筋)から見るとほんの少し南寄りのように見えるが、そう言われてみれば、古代の街道、長尾街道=大津道(難波宮から南進してきた大道から直角に東進し、二上山の北を抜けて飛鳥に通じていた。)に沿った一等地のように思われる。
     若い頃私は、基本的には堺戎に参っていて、十日戎で貯金箱を買うのをしきたりのようにやっていた。

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