2013年11月23日土曜日

マロングラッセを作る

   マロングラッセを作ろうとしていて、最後の水分を蒸発させる段階を「ちょっと頼むわ」と妻に代わってもらったら、栗きんとんのように潰されてしまった。あ~あ、以心伝心で分かり合えていた時代は遠い過去。
  気を取り直して友人たちと会う場所に持っていき、「グラッセのつもりで作り始めたがきんとんになったわ」と食べてもらった。
 誰も「色が汚い」等のケチを付けずに食べてくれた。
 少しだけ小難しい議論をしながらだったので、「ちょっと味がおかしいな」とは皆んな言いそびれていたのだろう。
  実はこの「グラッセきんとん」、・・・1か月半、毎日毎日手を掛けた、語るも涙の特製中の特製品なのである。

  10月12日の「秋」という記事の最後に「私は食べようかどうか迷っている」と書いたのが、そもそもの始まりだった。
  ズバリ、材料はクヌギのドングリなのだ。
  調べてみると、クヌギはドングリの中でも一番アクが強く食用に適しない部類に分類されていた。
  しかし、地球規模で言えば私たちには今、かつてない環境の危機、食料の危機がそこに迫っている。
  そして考古学の本には、縄文土器の底からクヌギのドングリも見つかったとある。☀
  そうであるなら、試してみる価値はありそうだ。いや、試してみなければならない。・・・と、素直な私は考えた。

  先ず、縄文の先輩たちには申し訳ないが、手抜きをして重曹で煮た。水は直ぐに驚くほど真っ黒くなった。これを数回繰り返した。色は全く変わらない。このときは、ほんとうに食べることができるのだろうかとくじけそうになった。
  その後は、至ってシンプルに水にさらして毎日水を替えることにした。まあ、重曹という近代兵器も使ったことだし、2週間もすれば澄むだろう・・・・・と。
  しかし、3週間たっても水は茶色い。コーラのようである。1か月たっても澄んでは来ない。とうとう1か月半、毎日毎日、日に2~3回茶色い水を替えてきて、そのたびに試食してきては吐き出してきたが、どうにか許容できる範囲の渋味にまで落ちてきた。
  それを砂糖とコニャックでグラッセにしたものである。この段階も手抜き中の手抜きで10数分の調理だったが、写真のようなものが出来上がった。

  食べてもらった友人たちには材料を一切語らずに帰ってきた。
  このブログを読んで「偽装の極みだ!」と怒るだろうか、それとも1か月半の苦闘に涙腺を熱くしてくれるだろうか。
 一昔前の「山の生活」の再現というイメージで、この記事のラベルは「民俗」にした。

3 件のコメント:

  1. う~ん、そうでしたか。口中に広がるかなり(栗にしては)のシブ感、いやいや素材重視の長谷やんの事だから、クレーム、いや感想を述べずに頂きましたが、う~ん、そうでしたか。勿論、店頭に並ぶ時の名前は『ジブリの森の恵み』でしょうな。

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  2.  素晴らしい商品名まで提案していただいた「ひげ親父」さん、偽装などと言わず普茶料理の変形だと理解してお許しください。
     あの日は「出来立て」でまだ湿気も残っていましたが、その後はなかなか良い味に落ち着いてきています。ただし、これまでも何回もエグイのを吐き出してきた妻は「私はもう結構」と申しております。
     今後は、普通に食べられる椎の実で我慢しようかと思っていますが、この近所では椎の実が見つかりません。(花粉が臭いので街路樹にむかない? 奈良公園では先に鹿に食べられる)

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  3.  私のクヌギのドングリグラッセは特許申請も商標登録も致しませんので、アクの少ないドングリでお試しください。
     そうそう、椎の実は冬のお祭りの屋台で炒って売っていますね。

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