先日、ベトナムの文化遺産についての講義を受講した。
講師は文化人類学の現役パリパリの教授だった。
ということは私などよりも相当若い。
この年齢差が問題である。
講義内容は14世紀ごろからのベトナムの歴史や文化遺産、そして現代ベトナム人の文化遺産に対する感覚等で非常に面白かったのだが、私は講義の中に、トンキン湾、ハイフォン、ドンホイ、フエ、ダナン、サイゴンという地名を聞くたびに、ベトナム反戦運動の時代が古いアルバムのように頭の中を去来し、なぜか心がざわついた。
研究者にとってはベトナム戦争もまた歴史学の対象になろうかというほど時が経った。
ベトナム反戦運動もその1頁なのだろう。
時を経る、歳をとるとはこういうことなのか・・・というもやもやとした感情が湧いてくるのを感じた。
急がねばならない。
空襲を知っている世代、戦争を知っている世代に話を聞いておかなければならない。
私たちの経験したベトナム反戦運動を語らねばならない。
そうでないと、『証拠隠滅』に書いたように、「そんなことがあったという証拠がない。」という不真面目な意見さえ出てきかねない。
憲法を改正して軍隊を持とう。軍命に従わない者は死刑だ。と、私より若い首相や幹事長が真顔である。
いや、戦争を知っている(戦時体制で儲けた)副総理も「改憲はナチスに学べ。」ときた。
ご同輩諸侯、エンディングノートの書き方に悩んでいる場合ではなさそうですよ。
先日の「風に吹かれて」は如何でした?
先日「アンコールワット遺跡巡り」に友人達と行きました。往復ともベトナム乗り換えでカンボジアに入りました。わたしも「ベトナム戦争」「カンボジア・ポルポトの大虐殺」が脳裏にこびりついて複雑な思いの旅でした。ホーチミン空港、当時は「タンソンニュット空港・軍事基地」で今でも滑走路、誘導路横には無数の戦闘機防護用の分厚いコンクリートシェルターが残っていました。カンボジアのシェムリアップには戦争博物館があったので是非行きたいと思っていましたが時間の都合で行くことができず残念でした。
返信削除考えてみれば、「ベトナム解放」から38年。空港で働くベトナム人、カンボジア恐怖政治が終わって約35年アンコールワット周辺の観光地で働くカンボジア人みんな「戦後生まれ」と言っても良い位の世代になっています。
我が息子も仕事の関係でベトナムにもよく行っていますが「戦争」の事は皆目知りません。
忘れてはいけない事をしっかりと整理して次世代に残すのが政治であると共に国民一人一人の「目覚め」が必要だと思っています。
もう一言・・・・1930年代ドイツ総選挙でナチス党が台頭した時ドイツ共産党も「大躍進」をしましたが国会放火の謀略事件と大弾圧でドイツ共産党は壊滅してしまいました。こんな歴史も見ておかなければと思います。
スノウさん 示唆に富むコメントをありがとうございます。
返信削除胸に手を当ててみますと、一定の年齢から後、後輩の皆さんやそして自分の子供たちにそんな話をしてこなかったように思います。反省しきりです。
これからも気軽にご意見をコメントとして書いていただけますようお願いします。
「手の届くところから発信を!」というキャッチコピーは如何。故川口是先生からの宿題です。
「風に吹かれて」は何十年ぶりに聞かせてもらいましたが、最高でした。しかし、言葉の意味が分らず、40年ぐらい前にフォークソングをやっている、何やら難しい事を言いよるなーと今の妻が言っていたことをおぼろげながら想い出しました。PPMはパフも好きでした。
返信削除今の日本は、憲法のお陰で言論の自由と生命の保証(?)は世界最高水準だと思っています。「本当のことは、眼に見えないは。」私は真実だとおもいます。
うろ覚えですが70年代は、〽いつまで鳩は空を飛ぶの~ というような、少し甘い訳詩で歌っていたと思います。それでも、プロテストソング、反戦フォークでした。それが今では、そのメロディーがCMソングですから時の流れを感じます。
返信削除時の流れというと、当時アメリカでは黒人差別が当たり前でした。公民権運動です。そして、韓国をはじめ多くの東アジア諸国は軍事独裁国家でした。それらの国々のこの間の民主主義の発展に比べてみると、私たちの国は嘘のように時が止まっていないでしょうか。誰のせいかと論じる前に、そう思った人々が再び声を上げなければならないように思います。
故川口是先生の名が出て昔の新聞切り抜き帖を引っ張り出しました。1992年2月2日の朝日新聞の訃報欄で、享年64歳1982年3月京大教養部教授を辞して京都府知事選で蜷川民主府政の継承を訴えて共産党、革自連の推薦で選挙に立候補したが保守中道5党の林田現知事に敗れた。とあります。亡くなって21年にもなるのですね。それに若死だったのですね。
返信削除切り抜き帖が出てきたという事実に感動を覚えます。
返信削除川口先生というと、「論争と気配り」の方だったと思っています。
何となくこの頃は、論争もしないし気配りもどうかという風潮を感じています。
議論(論争)すべきところはしっかりと議論(論争)しないと、再び何らかの「逆風」が吹けば元の木阿弥になりかねないと思うのです。
なお、己が気配りの足らなさは日々反省しております。