2013年7月15日月曜日

飛鳥を歩いて思う

稲淵の雄綱
   「飛鳥は7世紀の歴史の表舞台だった。」とは岩波新書「飛鳥」を著した和田萃(あつむ)先生の言葉である。
 激動する東アジア情勢を背景に、「日本」や「天皇」を創り上げ、全国から人々を呼び集め必死になって建設した「首都」である。
栢森の雌綱
  6月の梅雨の合間に、そんな奥飛鳥=稲淵・栢森(いなぶち・かやのもり)を歩いてみたが、そこはただただ山村というか棚田の拡がる田園風景で、かつての「ミヤコ」とは程遠い風が吹いていた。

 飛鳥川には勧請縄(稲淵に雄綱、栢森に雌綱)が渡され、3か所ほどに飛石が残されていた。
 話はそれるが、勧請縄は、邪気に対する結界だから、「ノーパサラン」という言葉を連想した。
 ノーパサラン(やつらを通すな)は、フランコ反乱軍のとき、スペインのラジオが呼びかけた言葉であるが、私などは、公正な選挙で誕生したチリのアジェンデ政権に対して、CIAとともに軍事クーデターを起こしたピノチェト軍に対する抵抗の合言葉としての記憶の方が強い。
 いま、選挙公約に憲法改正、原発再稼働・・・ええっ! 
 ノーパサラン、こんな言葉を大声で復活させたいような大切な選挙が始まっている。
 ・・・・ちょっと脱線した。
 奥飛鳥の勧請縄は、飛鳥人そのままの息吹を今も感じさせる。
 飛鳥川沿いの道路は整備されたが、辺りには祈りの霊気が漂っているようだ。
 雄綱と雌綱も、おおらかな道教の残照だろう。

 飛石、これは機能的には橋であり、たもとに万葉集の歌碑が立っていた。
     明日香川 明日も渡らむ 石橋の
      遠き心は 思ほえぬかも 
 この歌、上野誠先生の解説では・・・、
 石橋は飛石のこと。明日香川を渡って女の家に通い続けた男の歌である。
 男は、女から気持ちを疑われたのであろう。最近、ご無沙汰ではないかと。
 対して男は、明日香川の飛石のように、遠い気持ちは持っていないと弁解しているのである。
 してみると、「明日も」の「も」がよく効いていることがわかる。明日も来るよということなのである。
 ・・・いろんな大先生の解説があるが、上野誠先生の解説ほど判り易いものはない。

 さて、飛鳥時代等の古代史を読んでいると、思いつきのような説が山のようにある。つまらぬ本は絶対に買わない方が良い。買ってから後悔した本がいっぱいある。
 大先生と言われる方々の説にしても疑問が残る場合も多々あるが、これはこれでよい。
 そんな中で、小笠原好彦先生の論の組み立て方は好きである。
 例えば、ここ稲淵川西岸に建物と玉石敷広場の遺構が発見された(今は広場に石碑だけが建っている)。
 発見当時は「低地の舗装」説が大先生方による定説であったが、小笠原先生は低地でない場所でも玉石敷広場が見つかっていることから、難波長柄豊碕宮で中国式の立礼が採用されるまで、推古12年から、宮門を出入りする際に跪伏(きふく)、匍匐(ほふく)することとの礼法が採用されていたため、前夜の雨にも支障なく儀式が行えるための宮殿(朝廷)の舗装だと解説されている。
 そしてこの地は、万葉集や日本書紀の記述から、弓削皇子の倭飛鳥河邊行宮(やまとのあすかのかはらのかりみや)だろうと勇気をもって推定されている。(論拠の詳細はここでは省略)

 言いたいことは、今現在の一見「定説」は必ずしも真実とは限らないということ。これを言いたい。
 自民党は、庶民が増税を受け入れ、その一方で大企業に減税すれば、廻り廻って庶民も幸福になると説く。
 トリクルダウン「おこぼれ、したたり落ち」論で、新聞やテレビはそれを、アベノミクスとか言って経済の「定説」であるかのように持ち上げる。
 しかし、歴史的な事実に目をやれば、大企業は「したたり落とさず」、賃下げ、リストラ、非正規雇用化で内部留保金だけを増やしてきた。消費不況・デフレの原因はここにある。
 内部留保260兆円の1%を使うだけで月に10000円の賃上げができ、本当のデフレ対策が可能である。
 そういう共産党の政策は、非常に冷静に問題を分析して現実的に提言していると私は思う。
 古代史を語りながらも、この時期はどうしても現代の矛盾に頭はいく。ご勘弁を。

2 件のコメント:

  1.  今朝の朝日では、青森の使用済み核燃料中間貯蔵施設で2億円の裏金があったと。西松建設はきっとそれを超える受注と利益を得たのだろう。もちろんその費用は庶民の負担した電気代で。
     「原発は安い」という定説の一端がこれである。
     フクシマの損害賠償だけをとってみても、「原発は一番高コスト」である。
     

    返信削除
  2.  東京の弥生町で発見された「DO 6990」土器が弥生式土器でこれを使用していた時代が弥生時代である。とされてきたが、現代ではこれは古墳時代の土師器というのが多数意見である。
     「メートル原器が尺貫法原器だった。」ぐらいの大事件である。
     故に酒井龍一先生は、「学生にもリタイヤ親父にとっても弥生の考古学のテーマはバラ色だ。」と励ましておられる。この先生の研究スタイルも私は好きである。
     マスコミ新聞に定説が書かれている・・などと信じるのは、脳内が怠け者である。

    返信削除