2012年2月13日月曜日

ボンボンは魔法の薬

   世の中、他愛ないことだが知らないことは山ほどある。当り前である。
 過日の新聞に載っていたウィスキーボンボンもそうだった。
 通説では、神戸のゴンチャロフが大正の終わりごろに発売したのが本邦最初とか。
 とすると、戦前からウィスキーボンボンが大好物だった私の祖母(父の母)などは相当な「新し物好き」だったのでは。

 そして、新聞で初耳だったのは永年の私の疑問と同じ・・その製造方法。
 誰もが考えるウィスキー注入方式ではなく・・・、
  ①砂糖と水とウィスキーを113℃で煮てシロップを作る。
  ②コーンスターチでできた鋳型に流し込む。
  ③シロップの表面が砂糖の結晶で覆われてくる。
  ④均等になるようにひっくり返す。
  ⑤1日ほどで表面全体が固まる。ということだとか。  へえ~。
 これを作っている丸赤製菓糸田川商店(東淀川区)年産約60㌧は、その8割以上をそのまま出荷し、卸先がチョコをつけてメーカー名で店頭に並ぶとあった。
 職業生活の大半を大阪府下の工場等を相手に過ごしてきたが、この業態もこの会社も全く知らなかった。何十万という事業場なのだから当然だろう。
 
 さて、今は「通学」しなくなった「こおつと大学」だが、私は時々ボンボンを持って行って「ボンボンOK」の皆さんに配っていた。
 ボンボンと判った上で口にする方は約半分。
 後の半数は、口の中でウィスキーが溶け出してびっくりされるがその後、なんとも嬉しそうな顔をされていた。
 ボンボンは老人施設にひと時の幸せを呼ぶ魔法の薬だった。
 もちろん実母も大好きだったので、過日の『旅行』のお供にウィスキーボンボンを入れておいた。
 
 明日はチョコレート業界の日。それもよし。聖ヴァレンティヌスよ許されよ。

2 件のコメント:

  1. 何十年前、尼崎に仕事で赴任したとき「T食品」と言う会社がチョコレートの製造会社でした。ユニークな会社員が居られて、おつき合いをさせて貰いました。有名メーカーの「チョコレート」を作っていると聞いてびっくりしたことがあります。今も「阪神なんば線」で難波や奈良に行くとき車窓からその会社が見て懐かしく感じています。中味と「ブランド」ラベルとは違うと言うことですネ。世間では当たり前のようですが、しっくりしませんデス。

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  2. !私の父母の知り合いが伏見の造り酒屋で働いていて父の法事の時に30代の私がラベルのない新酒(1升瓶)を戴いたことがあります。桶買いされてブレンドされて「最後は月桂冠として出ます」とおっしゃっていました。私も何か割り切れない気持ちになったことを思い出しました。
     まあ、その昔、サンヨーの工場からナショナルと書かれた家電がおおっぴらに運び出されていて「ちょっとぐらい隠したらいいのに」と笑ったこともありますから、驚くことでもないのでしょうね。

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