2024年4月16日火曜日

熱狂は嫌だ

   14日、イラン国民が夜空に花火を打ち上げて熱狂している映像がテレビから流れてきた。
 ニュースの解説では、イランは相当余裕を持って事前に、このこと(報復攻撃)を通告していて、しかも現代でいえばそれは鈍行みたいなドローンなどによるものだった。
 そして参謀総長は「作戦は完了した。続ける意図はない」と発言した。

 ということで、イラン指導者の「報復のメンツが立った」ことでことが終わればよいが、ニュースの中で乱舞していた「イラン国民」はそれを理解できているのだろうか。私の興味というか注目点はそこにある。
 また、イスラエルの指導者も、こんなタテマエとホンネみたいな事態を胸に飲み込むことができるのだろうか。
 
 私はイランの花火を見ながら日本史にあった日露戦争後の提灯行列を連想した。日比谷焼きうち事件を連想した。(「国民」は政府の宣伝した大勝利をホンキで信じ、それがために停戦した政府の「弱腰」を糾弾した)
 天に唾して、国民を煽って戦争をしてきた指導者は、結局国民の「世論」に押されて勝算のない進路を選択するものだ。そういう場合、「強気」以外の真実を語ることは指導者自身の没落を意味することになる。
 怖ろしいのは、イランにしてもイスラエルにしても、指導者が支持率を得んがために国民を煽り、その括弧付きの「世論(熱狂)」に自縄自縛になることで、日本でいえば維新のポピュリズムはその最たるものだろう。

 そんな歴史を思い浮かべながら、21世紀の戦争がどうなるのか、よ~く見つめて各国指導者が賢明な選択をするよう声をあげていきたいものだ。
 報復の連鎖は地獄の釜の蓋を開けることになる。それだけは間違いない。
 現実味のある危険は熱狂とメンツだと思う。
 
 本来、そのことをイラン指導者に説得力を持って語ることができるのは、G7でいえば日本の指導者であったはずなのに、小泉純一郎、安倍晋三以後の日本は世界中からアメリカのポチとみなされるほどに零落している。
 「憲法9条が我々を守ってくれていた」と言ったアフガンの故中村哲医師の言葉を思い起こそう。
 世界のためにも、日本のためにも、自公政権を退場させ、亜流自公政権でない政権交替を実現させねば・・・。真剣に議論すべき時に至っている。

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