大阪府立高校で元々茶色い髪の女高生に「黒く染めよ」と指導し、ペナルティーとして修学旅行にも行かせなかったらしい。
私にはその教育方針があまり理解できない。
以前に書いたが、「建国記念の日」に橿原神宮に行った際、境内を軍隊コスプレのいろんな右翼団体が行進をしていたが、右翼に批判的な老教師がそれを見て「もっとしっかり脚を揃えんか!」と憤激していたのが可笑しかった。私は老教師を支持する。
で、教育課程である種の決まりが定められ、それを躾けるのは当然なのだろう。と、そこまでは私にも異存はない。
だがしかし、私事ではあるが、私は「〇〇牧場」と称された高校を卒業したし、子どもたちは制服の無い公立中学を卒業した。
だからと言って社会を踏み外した気はさらさらない。
「そんな甘いもんやおまへんで」と公立中高の先生方はいうかもしれないが、キツイ枠に囲い込んでおく方が「指導」がし易いという「ホンネとタテマエ」がないだろうか。
髪の毛が茶色であったら学校生活にどんな支障があるのだろうか。「そんなことを許したら、私も私もと嘘を言って髪を染める子が続出し、そんな興味に夢中になって学習がおろそかになる」ときっと言われるだろうが、ほんとうにそうだろうか。
トモエ学園は夢だろうか。
太平洋戦争中、首相で陸軍大臣、参謀総長東條英機に有名な話がある。
飛行学校で「敵の飛行機をどうやって落とすか」との質問に、「戦闘機で向かい機関銃で落とします」と言った学生に東條は怒って、「それではだめだ。精神で落とすんだ」と叱ったという実話である。
何か近頃の教育は、受験勉強の技術と、強いもの・長い物に巻かれろと教えていないだろうか。あるいは「制裁だ、制裁だ」と言えば東アジアに平和が来るように信じるような短絡的思考を培養するような基礎教育?
先日の選挙でも若い者の政権支持率が高かったと言われているが、全く無関係のことだろうか。
蛇足ながら私は、2段目のセンテンスで書いたとおり、暴力を肯定したり、一切の指導を否定するような、かつてのいわゆる「解放教育」論を擁護しているものではない。
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