2018年6月7日木曜日

鳥の霊性 3

 弥生時代の思想を訪ねて奈良県田原本町にある唐古・鍵(からこ・かぎ)遺跡に行ってきた。 

   上から順に、写真1は楼閣が描かれた出土土器の破片で、欄干のところに逆S字で3羽の鳥が描かれている。
 他の出土した線画が、鹿やその他その周辺にあった(いた)であろう状況を描いていることから、こういう楼閣が実際にあっただろうと言われている。
 ただし本日のテーマに即せばこの地に楼閣があったかどうかではなく、この地の弥生人が楼閣を描きそこに鳥を描いたという事実にこそ注目したい。

   写真2は1の絵に基づいて復元された楼閣で、鳥居の原型と考えられている「鳥竿(とりざお)」がテラスの欄干のところに造形されている。
 唐古・鍵遺跡は吉野ヶ里とは違って全体の10分の1も発掘されていないため、楼閣の柱穴はまだ見つかっていないが、楼閣ではないがさらに大きな大型建物の柱穴は発掘されていて、驚くほど大きな柱の根が残っていて見ることができる。一見に値する。
   写真3の土器片には建物の屋根の上に鳥が描かれている。
 10円玉(鳳凰堂)ですか。
   写真4は鳥の格好をした司祭者というかシャーマン?。
 女性であることが話題になりやすいが、何よりも鳥の姿であるところに注目したい。同様の鳥装人物の線画は他所からも幾つも出ている。
 この場合は顔が異常に抽象化されているが、くちばしを付けた顔、鳥の羽根を頭に飾った絵も各地から出ている。
 鳥装した女性がトランス状態になって神のお告げを話す・・神になるというのは世界中にある。
 
   写真5は鶏の頭の土製品。これだけではこれが何かは判らない。
 個人的には装飾環頭太刀の柄頭(つかがしら)にあった鳥のデザインとの類似性を思った。


 弥生時代の最大の特徴は稲作だが、風土記によると稲作の起源は神である鳥が穂を「落とした」ことから始まると出て来る(山城国風土記逸文ほか)。穀霊ともいう。
 鳥の霊性について唐古・鍵ミュージアムの学芸員と話すと、「鳥の糞=肥料=美田」でもあったという意見であった。そんな見解もあるようだ。ふ~ん。
 鳥以外にも神聖視された動物はあることにはあるが、鳥のそれは際立っている。

3 件のコメント:

  1.  唐古・鍵遺跡は弥生前期(前6世紀)から後期(3世紀)の環濠集落で吉野ヶ里とほぼ同規模でほぼ同時期です。このあと3世紀終わりから4世紀初めにはもう少し南の纏向遺跡に移り、箸墓古墳から古墳時代に突入します。なので、先日、古墳時代の鳥形埴輪の思想的ルーツをここへ探しに行ったのです。

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  2. 昨年、初めて吉野ケ里遺跡に行き住居復元を見学しました。その時ボランティアの案内のおじさんが入口に飾ってある数個の鳥の形の飾りを鳥居に原型だと説明したのを思い出しました。

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  3.  スノウさん、ありがとうございます。開いてみた吉野ケ里歴史公園のホームページの『門と鳥形』は大いに参考になりました。
    http://www.yoshinogari.jp/contents/c3/c104.html

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