2023年9月30日土曜日

お月見団子

   この原稿は窓の外に名月を見ながら書いている。好いお月見だ。庭にはコオロギがと言いたいところだが、アオマツムシがうるさいくらいに鳴いている。

 さて、関西のお月見団子について考えた。と言って、何か文献を調べたわけでもなく、「〇〇〇やて。知らんけど」というギャグのレベルの話である。

 先日、「多くの夏祭りは疫病退散。多くの秋祭りは収穫感謝祭でないか」と書いたが、例の関西のお月見団子は、諸説あるが、やはり私は小芋の衣被(きぬかつぎ)をかたどったものだと思う。

 そこで想像するのだが、元々は芋名月というくらい収穫した小芋(里芋)をお供えしていたものが、生活がグレードアップして団子になったものの、それでも100%団子にしてしまうのは何処か寂しく、衣被の形にして、団子でもあるが芋名月つまり小芋でもあるとしたのではないか。
 団子屋が始めたというよりも各戸がそういう風に手作りしたことから需要が生まれ供給が生まれたのではないか。・・・知らんけど。

 しかしこの団子、東京風の白いままの丸い団子でなく、しかも外側に餡子が巻かれているので、三宝に盛り付けると、絵本のようには上手くは盛り付けられない。
 ということで、絵面(えづら)をとるか民俗をとるかで迷わなくもないが、そこは根っからの関西人、今年も例年どおり衣被型のお月見団子にした。

 学校帰りに少し寄った孫もボ~ノ!と言って齧って帰った。
 やっぱりお月見には衣被型のお月見団子ですね。どうですか。

2023年9月29日金曜日

積んどく

   25日の「サイラ」で、漫才師林田十郎のことに少し触れたが、これを読んだ妻が「よう直ぐにそんなこと(記録)が書けるなあ」というので、「常々捨てろ捨てろと言われている(古い)本を残していたからや」と答えて少し気分を良くした。
 
 もう50年以上前のことだが、とある書店で吉井清文氏と出会い、「月に一万円は本代に使うほうが好い」と助言を受けた。当時の一万円である。
 だからという訳ではないが、その後溜まった書籍を大処分したりもしたが、それでも相当な書架が数か所にあり、基本的に前後2段に今も詰まっている。

 確か内田樹氏の本だったかに、「本は持っているだけでもよい」というような記述があって、孫の夏ちゃんには「読まなくて飾っているだけでも賢くなるから」と読書を進めているが、祖父ちゃんの『積ん読』の勧めも、「古本屋爺さん」と軽く鼻で笑われている。

 本は新刊の広告や書評も面白いのでよく見ている。
 そんな中の一冊を書店で探したが見つからず、店員さんに検索をしてもらったら、「発行元の㈱ミシマ社は大手販売ルートには乗っていなくて注文しても入るかどうか」というので、こうなりゃアマゾンにでもするかと帰ってきた。そして別の本などを購入して、見えにくくなった眼でゆっくり読んだりしていたが、先日、先の書店にその本が入荷されていた。私の頼んだ検索も少しは本社の判断に寄与したかもしれない。

 そういう本は、購入できた段階から、まだ読んでない段階から気分を良くしてくれている。こういうのを趣味というのだろう。その本のことは気分が乗れば書くかもしれない。
 写真は、林田十郎のことを教えてくれた『なにわ難波のかやくめし』。序文も豪華。

2023年9月28日木曜日

視力のこと

   顔面神経麻痺を発症してから急速に細かい文字が読めなくなった。
 脳神経内科の医師は「閉じられなかった瞼が閉じられるようになったから治療は終わり」と言って、「あとは眼科に相談」と告げられた。

 ということで眼科に行って視力検査を受けたが、例のCのような輪っかだが、「はっきり判らなくてもそれらしいところを答えて」と言うのでそうしたら、「今の眼鏡で十分だ」と宣告された。えええ。
 「本が読めない」と相談しているのに、「読める」と言われても・・・。

 細かい文字が読めない。読んでいるうちに神経麻痺側の眼だけ涙が出る。エトセトラ。その辛さが伝わらない。
 「どうせ大した本など読んでいないだろう」と思われたのか知らん。
 ということで、天眼鏡を使って本やパソコン画面を読んでいるのだが、今般、「天眼鏡で一定是正されるなら」と思いつき、百均で老眼鏡を購入し、乱視+老眼(遠視)の元々の眼鏡の上にオーバーサングラスみたいに二重にかけると結構見えるようになった。

 専門家は「そんなことをするとますます悪化するぞ」と言うかもしれないが、片目をつぶって天眼鏡で読むことを思うとマシではないかと反論したくなる。
 それでも、読書のスピードは急速に低下して、ため息をついている。

2023年9月27日水曜日

床もみじ

   昔、「床(ゆか)もみじ」で有名な京都・岩倉の実相院門跡に行ったことがある。ポスター等宣伝どおりすばらしかった。
 しかし、庭全体を眺めようと前に出た途端、隣のコンクリート製の施設の建物が目に飛び込んできて驚いた。
 ポスターというか写真の怖ろしさ、そして勝手に庭全体を想像してしまう自分自身が怖かった。
 懐かしいというか非常に勉強になった思い出だ。

   先日、岸田首相が国連総会で演説を行ったが、NHKのニュースを見ていた限りカメラは首相ばかりを映していた。
 その様子を日テレニュースのライブが映した様子がFBにアップされていたが、それはまさしく、床もみじの襖の向こうの現実だった。

 NHKの絵面(えづら)の怖さ、人々に正確でないイメージを植えつける怖さは床もみじの比ではないだろう。

 それにしても、これほど世界中から軽視されている、もっと言えば馬鹿にされている首相を常々「ニッポンすごい」と宣伝されている人々は何と思っておられるのだろう。
 私は自公政権の政策は基本的には全く支持していないが、日本国の首相が、つまりはそういう首相を選んでいる日本人が、世界中で、端的に言えば「アメリカの属国に主体的な主張などない」と馬鹿にされているのには面白い気がしない。

 「ニッポンすごい」と言っておられる方々から「こんな恥さらしな政権は退場させよう」という声が出ないことも不思議だ。

2023年9月26日火曜日

ホシホウジャク

   星蜂雀(ホシホウジャク)。本には夏から秋と書かれているが、私の場合は真夏にはあまり見ていない。だからホウジャクやスカシバを見ると秋が来たと感じている。
 
 スズメガ、つまり蛾の一種だが、いわゆる蛾のイメージではない。
 非常に可愛いというか美しい。もっといえばカッコイイ。
 好きな昆虫のひとつである。

 しかしながら、彼奴の幼虫はでっかい芋虫で、食欲旺盛、その分糞も撒き散らす。
 カブトムシなどカッコイイ昆虫も幼虫は大体そんなものであるから、これは仕方がない。

 さて、昨日書いたが、電柱の上などでモズが「高鳴き」をしている。
 そのモズだが、モズといえば「モズの早贄(はやにえ)」が有名だが、ここ10年ほど私はモズの早贄を見つけていない。
 その理由は判らない。ご存知の方は教えてほしい。
 先日の『ダーウィンが来た』では、モズは冬場(2月頃?)に子育てをするので餌が重要なため、あるところでは幾らでも早贄があるようだったが。

 でも「冬場のための餌の保管」と言ってしまえば身も蓋もない。
 やはりあれは空の神様への贄、お供え物だろう。

2023年9月25日月曜日

さいら

   この原稿はお彼岸の中日におはぎを食べながら書いている。
 記録的な残暑の日々だが、空の方ではモズが高鳴き、地面には彼岸花が咲いている。彼らの「体内時計」の正確さには舌を巻く。

 さて、モズと彼岸花の次に秋の主役と言えばサンマだろうがこちらは記録的な不漁が続いている。
 海水温が上昇してサンマの回遊コースが日本列島から離れているからと聞く。
 外国漁船が先に獲ってしまっているという宣伝は統計数値などからは的外れらしい。
 それよりも内外を問わず「育てて獲る」漁業でなく「根こそぎ獲る」漁業の風潮は問題ではなかろうか。

 「育てて獲る」沿岸漁業は普通の漁師の漁業だが、まき網漁業などの「根こそぎ獲る」のは桁違いに大きな船による資本主義的漁業である。
 そういうものを「効率」などといって政府が推奨しているのは良いことだろうか。一概には言えないがマグロなども含めて「これでいいのだろうか」という疑問が湧くが、浅学のためそれ以上はよくは頭が整理できていない。
 なお、You Tube に小池晃氏が沿岸漁業の漁船に乗って実際の漁に出て学んでいるのがあるが、非常に好もしい。それはさておき・・

 その不漁のサンマだが、イオンの売り場で見るそれは値段が高い上に非常に小さい。
 私は生協で購入したが、イオンほどではないがやはりそれほど大きくはない。
 各国と友好的な外交を展開して、地球規模で「育てて獲る」漁業をしてもらいたいものだと感じているが・・・。

 さてさて、先日ラジオで比較的「言葉」に一家言あるパーソナリティーが、その日のゲストが「祖母?がサンマのことをサイラと言っていた」と言ったのに対し「その祖母?さんが聞き間違えて言っていたのではないか」と返して語ったのには少しあきれ返った。
 パーソナリティーは熊本出身ではあるが京都の大学に行き、そのまま大阪の放送局のアナウンサーとして働いてきて、全国的な言葉の「委員会」の委員でもあったらしいのに、「それはないやろ」と私は思った。

 全国方言辞典に、【サイラはサンマ。大阪、三重、奈良、和歌山、兵庫県佐用郡、淡路島、岡山県津山、香川、徳島】と、大阪ことば事典にある。【ひょろひょろとノッポの漫才師林田十郎のあだ名】ともあった。
 大阪高麗橋で生まれ船場で育った私の祖母もサイラと言っていた。だから私もサンマのことをサイラとも言うことは当然に知っていた。
 消えゆく大阪弁だから若い人が知らなくてもよいが、大阪の放送に携わるものなら、「・・と言っていた人がいた」と聞いたなら「聞き間違いだろう」などと切って捨てず、とりあえず調べてもらいたいものだ。

 なお、サイラこと林田十郎は、雁玉・十郎の十郎で戦前から戦後初期の文字どおり大御所だった。
 さすがに小学生だった私は、ラジオから街中に流れていた浪曲の広沢虎造の名前ぐらいは知っていたが、雁玉・十郎の漫才は記憶に残っていない。ただ、親たちが「雁玉・十郎」と世間話をしていたことは覚えている。
 十郎は昭和33年に脳出血に倒れているから、その頃のことで、つまり、その頃の大阪・JOBK周辺ではそのあだ名「サイラ」が「サンマのこと」というのは当たり前の共通認識だった。
 先のラジオを聴いていて、そんなことをチョット書いてみたくなった次第。
 カットのイラストは成瀬國晴著『なにわ難波のかやくめし』にあった成瀬画伯のもの、この本には林田十郎のことがいろいろ書かれているがそれはまた別の日に。

2023年9月24日日曜日

備えあれば憂いなし

   「備えあれば憂いなし」というほどの大袈裟なものではないが、例えばある日、私が重い脳血管疾患を発症する可能性や突然死する可能性もリアルに高くなっている。

 友人のお兄さんがそのようになったときの話だが、そのお兄さんは株取引をしていたのだが、その解約その他の手続きが「ご本人同伴でなければ処理できません」というような頑なな証券会社の対応で驚くほど困らされたという。ほんとうにひどい経験談を聞いたことがある。

 そんなもので、わが家の場合はそんな心配するほどの財産もないのだが、よく「葬儀費用を引き出そうとしたら本人の定期預金が封鎖されていた」という話も聞くので、とりあえず夫婦の普通預金はキャッシュカードを2枚作って互いに持つ、定期預金は相手を代理人として選任するという手続きを行った。

 そのうち代理人選任は銀行でもあまり行っていない手続きのようで、担当者もマニュアルを読み返しながら対応し、その時々で書類の書き直しなどが頻繁に起こったので、他の若干の手続きもあるにはあったが、なんと、およそ3時間弱を要してようやく手続きが完了して銀行を後にした。

 転ばぬ先の杖というか、プチ終活というか、ほんとうの「その後」までの繋ぎはどうにかこれでいけそうなイメージは画けた。

2023年9月23日土曜日

高齢者の使命

   「足を踏まれた者の痛みは踏まれた者にしかわからない」という論があるが、この論を一般化すると人々の連帯はありえないことになる。例えば原水爆禁止の運動は広島・長崎の被爆者しか行えないことになる。なので、この論は大いに問題がある。
 だが一方、一面ではある種の重要な指摘事項でもあり、田中角栄元首相が「戦争を知らない世代が政治の中枢になったときはとても危ない」と残した名言の重みはいよいよ増している。

 東大史料編纂所編『日本史の森をゆく』の中に次のような記述がある。
 🔳 過去の出来事の語り手として、その場に立ち会った生存者以上に重要な存在はいない。もちろん、生存者の記憶の不確かさや、語られる時のバイアスに注意する必要があることはいうまでもない。だが、そうした要素も含め、今、目の前に生きている人の発するものすべての中に、その人がいなくなった後では二度と他者の得ることができないものがある。
 ・・・だが当事者が一人もいなくなった瞬間から、様々な言質が大手を振って歩きだす可能性は、大いに考えられる。🔳

 歴史の修正のような大問題ではないが、先日の「災害に関するシンポジウム」の一部を聞いていて、ふとそんなちょっとした違和感を感じた。
 講師が阪神淡路大震災を例にとって災害に強い政治課題を語る中で、いろいろな条件を説明しながらも、「自治体の要請がない段階での自衛隊の出動」や、はては理論上の問題として国会の議を経ない政令を法律とする「緊急事態条項」なども研究の対象だと語ったからである。

 私の違和感は、それらは、確かに大災害に限っては有効な一手段かもしれないが、憲法のシビリアンコントロール、人権侵害、ファシズム阻止という重大問題を検討したようには聞こえなかったことである。

 そこで冒頭の「世代」である。講師は准教授である。年齢は私の息子とほぼ同じである。
 そういう世代が大学の先生で、さらに若い世代が指導を受けて学んでいるのだ。

 阪神淡路大震災の折、私は大阪市内の中心で日々を過ごした。
 ほとんどつながらない電話であったが、「行政電話」を使って兵庫とも連絡を取り、マニュアルも先例もない出来事が当日正午頃から頻発する事態に無我夢中で「答」を出して対応した。
 消防も、電気も、ガスも、そして建設も、自治体も自治体などの労働組合も、関係する人々は誰もが「マニュアルがないから動けない」などとは言わずに対応した。
 救援物資も直ぐに動き出した。
 確かに情報、道路、その他多くの問題はあったが、官民を問わず日本人(労働者)は優秀だった。あえて言えば、その後の「公共」の衰退こそが気がかりだ。

 講義は、極めて短い時間であったからでもあったのだろうが、そんな私が1.17で感じた肌感覚が講師の話からは伝わってこなかった。
 思うに、『日本史の森をゆく』の指摘は「歴史の読み方」というような話ではなく、当事者つまり高齢者への指示事項である。
 「ボーっと生きてんじゃあねーよ」とチコちゃんに叱られなくても、語り伝える義務が高齢者にはある。
 当事者の経験は大学教授の勉強結果よりも大切なこともある。そんなことをふと考えた。

2023年9月22日金曜日

鬼手仏心

   19日の日に友人のLINEに ドクターに伝えられたし鬼手仏心 と川柳を送信した。
 お互い、皆いい歳になったからいつ何時予想外の病名を告知されるかは判らない。
 それでも、友人が心臓手術をするというのは平常心ではいられない。
 といって、心配だね 心配だよ と言う馬鹿もいないだろうから、私としては、精一杯のお見舞いのつもりだった。

 手術は20日の昼からだった。当然、事後の安静も必要なので眠らせられていただろうから、どうしようもなく待っていたが、21日の夕刻にお連れ合い(奥様)から「麻酔から覚めました」と電話をいただいた。
 「痛い」と言ったらしいから「順調」と思っておこう。
 お連れ合い(奥様)のご心配と疲れは如何ばかりだっただろう。

 知らない大病で実は大変だったという話も少なくないし、皆お互い、体を労わろう。

2023年9月21日木曜日

御器齧ぶり

   先日「方言」の講義の印象のことを書いたが、奈良県南部には「敬語がない」というのも知った。
 それは奈良県に限らず、三重県の伊勢南部、和歌山県沿岸、大阪府泉南の南、四国の南側などに共通している。

 一般に「敬語がない」イコール「田舎」というマイナスのイメージが強が、見方を変えると、都会、つまりコミュニティーの崩壊イコール「敬語の発達」だとの指摘は少し目から鱗であった。

 それはさておき「蝸牛論」のゴキブリである。
 私の小さい頃はアブラムシともよく言われていたから、バラの花などによくついてアリとの共生関係で有名な小さなアブラムシと「同姓同名」で混同することもあった。
 そういう風にアブラムシとも言ったが、同時にゴッカブリとも言っていた。
 この種の方言も急速に変化、消滅しつつあるから、ゴッカブリと言っていた年代と土地を記録しておきたいものだ。教えてほしい。

 千年の昔からの食器の古称「御器」に齧(かぶ)りつくから「ゴキカブリ」と松本修氏の本にもあった。氏の通信調査?では島根県東出雲町からだけ「ゴキカブリ」があったというが、大阪でも少し前までは「ゴッカブリがいたぞ」とここで叫んでおきたい。

 「ゴッカブリなんか知らん」という方も育った土地と年代を教えてほしい。
 松本氏の調査ではないが、声をあげなければ「ない」ことになる。
 という教訓は、方言のことだけでなく歴史の継承、歴史の修正問題にも通じるように思う。

2023年9月20日水曜日

防災方針と沈没船ジョーク

   あまりに有名でほとんどの方がご存知のジョークに「沈没船ジョーク(タイタニックジョーク)」があるが、各国の国民性や思考形態が笑いのネタである。蛇足ながら紹介すると・・・

 船の沈没が避けられない事態になったが救命ボートの乗員数には限りがある。女性と子供を優先して乗せたいがそのためには何人かの男性を海に飛び込ませなければならない。そこで船長は各国の男性にこう言った。
 アメリカ人には、「あなたが飛び込めば賞賛されてヒーローになれる」
 イギリス人には、「ここで飛び込むのは紳士としての当然のマナーです」
 ドイツ人には、「飛び込んでください。そういう規則です」
 イタリア人には、「ここで飛び込めば美人にもてますよ」
 そして日本人には、「ほら、他のみんなも飛び込んでいますよ」・・・・

 9月ということもあり、「災害」に関するとあるシンポジウムを聴講したが、その中の一つにこんなものがあった。
 防災意識を高めるための対応策の研究で、2006年(法施行)以前に建てられた住宅に火災報知器を設置させる対策で何が有効かという社会実験があった。
 罰則を作る案は上手くいかない。
 意義の教育も上手くいかなかった。
 リスクを明らかにするのも上手くいかなかった。
 結局、隣近所の設置状況を訴えて「ご近所は皆さん設置されてますよ」と示すのが効果的だった。
 講義はこんなに単純なものではなかったが、骨子だけをいえばこういう風に私は受け取った。
 事実、国の防災対策の方針の中にもこの精神は取り入れられているらしい。

 この話から沈没船ジョークを想起するのはそんなに難しいことではない。
 私はこの話を聞いていて、地震や津波の怖さとともに、為政者が展開する『同調圧力』の怖さに背中が震えた。
 『同調圧力』については今後も書いていきたい。
 先日は「マスク警察」を書いたが、コロナ以降のこの国の歪んだ同調圧力は看過できない。これでいいのかニッポン人。
 (イラストはネット上に公開されていたもの)

2023年9月19日火曜日

「蝸牛考」考

   「蝸牛考(かぎゅうこう)」は民俗学者であり高級官僚であった柳田國男(明治8年~昭和37年)の有名な著作で「方言周圏論」のことである。
 それを少し乱暴に要約すれば、「京(みやこ)の言葉が日本列島の南北(周圏)に徐々に広がっていったので、遠方の方言は古い時代の京言葉で、京に近い地域の言葉ほど新しい京言葉である」と指摘している。
 京にコンパスの針を置いて同心円を描くと、遠くが「ツブリ系」次が「ナメクジ系」次が「カタツムリ系」次が「マイマイ系」次が「デデムシ系」となったので「蝸牛考」なのである。

 この論は相当昔だが探偵ナイトスクープなどでも掘り下げられ、松本修氏の「アホ・バカ分布考」は専門家からも評価されたようだ。私もけっこう評価している。以上、前説(まえせつ)。

 先日、奈良大学岸江信介教授による「奈良県吉野地方における方言の特異性」という講義を受講したが、その中で、先ずは奈良県のアクセントの分布が話された。それは、
 ① 奈良県北部全域と下市町、五條市、吉野町、東吉野村は『京阪神アクセント』
 ② 天川村(洞川を除く)が『型の区別が少ない京阪神アクセント(垂井式)』
 ③ 五條市篠原(旧大塔村篠原)、天川村洞川、十津川村、上北山村、下北山村が『東京式アクセント』であり、学会の定説では、京阪神アクセントが古く、東京式アクセントが新しい・・というものだった。う~ん、となると蝸牛論とは反対だ。

 次に、ちょっと寄り道の話で京阪神の「来ない」という言葉について、京都の「来(き)やしない」が京都で「きいひん」になり、それが大阪で「けえへん」になり、さらに神戸で「こおへん」になったが、京都はあくまで大阪の変化を認めず「きいひん」のままだ‥と言う話があったが、この辺りも蝸牛論の外の「京都の意地」のように感じられた。

 3つ目には、イキヨル、ノミヨルの「ヨル」の話も興味深かった。
 奈良県北部などで「あのおっさん、また遊びにイキヨル」というと、「ヨル」は「ヤガル」ほど悪い言葉ではないが、軽くののしる意味が含まれる。
 しかし奈良南部(吉野地方)や近畿の周辺部では、例えば、
 「桜の花が散りヨルなあ」は「散りつつあるなあ」「~つつある」で軽くののしる意味はない。
 また、桜の花が地面に散っているのを見て、「桜の花が散っトルなあ」。桜の花が(既に散り終わり)地面に散っているなあ・・となる。
 例えば「来ヨル」は「来つつあるが、まだ着いていない。「来トル」は既に到着している。
 この区別は、奈良県北部を含む京阪神ではないと先生は指摘されたが、この話は微妙に私の中では理解(わかる)ようでもあり、?でもある。私は京阪神だが、その区別が判らないわけではない。
 大阪南部田尻町の先輩は、桜の花でいえばはっきりと、「散ってら」と「散っちゃーる」を使い分けていたように思う。

 このブログ記事は印象・エッセーだからこれぐらいにするが、蝸牛論的なものと蝸牛論では収まらないものが多々あった。
 そして、地域コミュニティーの解体、通勤その他での広域的な人間の移動、テレビの普及などで急速に方言が変化、消滅しつつある。
 それはしようがないことかもしれないが、大いに寂しくも感じられる。

2023年9月18日月曜日

今年は植物

   朝ドラは『らんまん』、退職者会の春の遠足は『長居植物園』、そして秋の遠足は『咲くやこの花館』を予定している。
 だからという訳ではないが、私は草木が結構好きである。

 近所に大手住宅メーカーの研究所があり、庭のイメージのためにいろんな草木が植えられている。その横が私の散歩道である。

 この春のことだが、見慣れない低木が植えられて、そこに見慣れないチョコレート色の花が咲いていた。
 植物の検索の本や、ネットでいろんなワードで検索しても判らなかった。
 今後の検討のために、7月7日に別掲の写真を撮ったが花は既に散っていた。

 と、月日を夏の終わりまで越してしまった先日、大阪市内に行くため自転車で通っていると何人かが作業をしていたので、「春に黒い花の咲いていたこの木は何ですか?」と尋ねて、その珍しい木の名前を教えてもらった。
 そしてその日は大阪で会議や作業を行ったのだが、その後、悲しいかな教えてもらった花の名前が出てこない。情けないがこれが今日この頃の私の現実。

 なにかキャリーパミュパミュみたいな名前であったがと朧げな記憶の断片でネット検索しても出てこない。

 その内に・・・たしか「クロローバイを知ってますか」「近くはないがクロローバイの仲間です」みたいなことを言っていたなというのを思い出し、クロローバイ、黒色蝋梅などをネットで繰っていくと、キャリーパミュパミュならぬ『カリカンサス(Caly canthus)』というのが出てきた。
 半年ぶりに胸のつかえがとれた気がする。それでも又すぐに忘れるだろうからこのブログを書いて記録しておく。カリカンサス、チョコレート色の変わった花の木。

 妻は「成人病の魔法使い」というワードで覚えたらしい。「成人病でカリュームの値が高くなったオズの魔法使いはカンザス州」と覚えたという。私なら余計に混乱しそうだ。
 カリカンサス。カリカンサス。

2023年9月17日日曜日

おさんぼうや

   仲秋の十五夜(9月29日)が近づいてきたので、孫の乳幼児向けの絵本『おつきみ おばけ』を引っ張り出した。
 気のいいお化けが兎ちゃんのためにお月見をしてあげるのだが、全文はひらがなで、読むうちに「おさんぼうや すすきを かざろうね」というところでグッと詰まってしまった。
 「おさん坊や??」
 このくだりは妻も詰まったそうだ。
 兎ちゃんの外に「おさん坊や」もいたのか? と。

 正解はどうも「お三宝 や」らしいが、私も妻も「お三宝」と言ったことはなかった。
 お+名詞は「美化語」というらしいが、そういえば、お茶碗、お皿、お盆があるから「お三宝」があってもおかしくはないようだが、使ったことのない言葉に突然出くわすと戸惑う。
 私も妻もあえて言えば「三宝さん」で一致した。

 大阪弁の特徴に「お豆さん」も「お芋さん」もあるからエエか! とも思うが、先の例で言えば「(お)茶碗さん」「(お)皿さん」「(お)盆さん」とは言わないから、「道具+さん」は一般的でもなさそうだ。

 もしかしたら三宝さんは、大阪でいう天神さん、えべっさん、住よっさんのように神さんにツキモノなので三宝さんが馴染むのだろうか。
 文法も大阪弁も一歩踏み込むと難しい。
 貴方は「お三宝」派ですか?

2023年9月16日土曜日

活字離れに抗う

   7月下旬に退職者会会員あて、会報への原稿を依頼してから約一月半。特に締切後約10日間で編集から印刷までの作業はハードで、今その会報の発送が終了してホッとしている。

 「原稿は600字以内に」と依頼したが、それでもB4で8ページに及ぶ堂々たる?もので、元気な旅日記もあれば闘病記もあり、天下国家を憂えるものからウィットに富んだ近況報告まで、硬軟取り混ぜた互いの人生の交流会になった。

 毎日新聞特任編集委員近藤勝重さんの著書『60歳からの文章入門』のことは4月2日のブログに書いたが、いろんな意味で自分を殺して生きてきたタテ型社会を卒業した退職者生活は、自分のパーソナリティーを生かすヨコ型社会の人間への生まれ変わりで、それこそが本当の人生だと氏は述べられている。

 調査書や復命書ではない、自由な表現(ジャンルは問わない)こそ高齢者の生きている値打ちだとの指摘は胸に重い。

 編集、特にレイアウトは、腕のある後輩に大きな力を貸してもらったので、お陰で見た目も一級品になったと自画自賛している。

 願わくば、多くの会員が「1年に1本ぐらいは会報に投稿してそれが活字になるのが生き甲斐だ」と言ってもらえるよう発行を継続したい。そして、この編集等の作業に「片肌を脱いでやろう」という会員が増えるのを期待している。

2023年9月15日金曜日

敬老の日

   世界中で地震、山火事、洪水など天変地異が起こっているが「それでも地球は廻っている」ようで、町役場から心当たりのないレターパックが届いた。
 コロナの予防接種の通知は先日あったし、ほんとうに心当たりがなかった。

 入っていたのは極めて少額の商品券で、敬老の日に因んだ喜寿のお祝いだった。
 還暦も古希も過ぎ、次は傘寿ぐらいかと漠然と思っていたが、喜寿というのがあったのだ。

 古希などは杜甫の詩の一節だから微かに文化の薫もしないこともないが、喜寿は喜の略字が㐂というのだからと、発想が安直すぎないか。

 「人生五十年」といわれていた時代と遥かに様変わりしているが、それでも同年配や年下の友人で先に逝った者もいる。
 ならば、あまり毒づくのは止めて美味しいものでも食べようか。
 でも「お前は年寄りなんだぞ」とイエローカードを切られたようで変な気分でいる。

2023年9月14日木曜日

鶯塚古墳

   清少納言(せい しょうなごん)が枕草子で「みささぎは うぐひすのみささぎ・・」とした「うぐひすの陵」がどの古墳を指すかについては諸説あるが、大勢は奈良・若草山頂上の鶯塚古墳をそれとしている。
4世紀か5世紀前半に築造された前方後円墳で、全長103mの立派なものである。
 少し気温の下がった過日、避暑がてらに訪ねてきた。

 3世紀の後半にこれまでとは隔絶した巨大前方後円墳が三輪山麓に出現し、大王・王権の確立が見られたが、4世紀後半には大型古墳は奈良盆地北部に移動して築造された。
 この「佐紀盾列(さきたたなみ)古墳群を造営した初期の豪族の古墳がこれだろうか。

 若草山から東を向くと生駒山が目の前に見え、少し南に目を移すと信貴山と二上山の間の、後の龍田越え奈良街道の向こうに河内の柏原まで見える。ここは大和川の河川であり、その先は難波津、もっと言えば大陸につながる。
 北は平城山、木津川で、すぐそこは山城の国。南には後に都となる飛鳥や藤原京の場所も見える。

 ここに立つと、文句なく「みささぎは うぐひすのみささぎ」と言いたくなる。
 そして、この辺りの平地では聞くことのないミンミンゼミが鳴いていて、耳からも涼しさが入ってくる。

2023年9月13日水曜日

林業の勉強で

   岡橋秀典広島大学名誉教授の森林や林業等に関する講義を聞いていて、「なるほど」と思ったことがある。
 テレビの『世界ふれあい街歩き』などを見ていると、特に西欧ではいわゆる農村でも草が少ない。
 日本のように道の両端が雑草に侵蝕されているようなことがあまりない。
 やはり徹底的に気候が違うということを再確認した。

 一時日本の林業が輸入材によって大打撃を被ったが、その原因の一つは値段で、日本は育林(下刈)に膨大なコストがかかるが、カナダなどではそれが殆どゼロだという。

 それは反対にいえば日本の土地の豊かさであるから、日本でも外国同様歴史的には大規模な伐採を繰り返してきた(特に都であった奈良や京都周辺)が、それでも国中が禿山になっていないというのは世界史的には異例中の異例だという。

 もう一つ、地球の砂漠化、砂漠の拡大が大問題になっているが、その原因の一つは牧畜、特に羊だという。近世まで羊の牧畜が殆どなかったことも日本の砂漠化が進まなかった要因らしい。ジンギスカンが好きな私としては複雑な感情。

 ウクライナの小麦輸出が困難になって世界中が大騒ぎになっている中で日本人が比較的冷静に観察できているのはズバリお米のせいだろう。
 そういう意味では、本来、最後に地球の食糧をを救うのは日本かも知れないのに、農業、林業は疲弊させ、漁業の故郷の海へは汚染水を放出し、この国の為政者には哲学が感じられない。

2023年9月12日火曜日

きっぱりと秋第2弾

    9月11日(月)、この先は判らないが、この日はガクンと気温が下がり、暑がりの私は前日まで冷水シャワーだったが、久しぶりに温水にした。
 この気温の変化に自然界はもっと敏感で、コオロギの声が判らないほど声の主役はアオマツムシにバトンタッチした。
 ただ、アオマツムシの声は大きすぎて、「秋の虫」には入れたくないほど情趣に掛ける。

   気温が下がるとビールもよいがワインもよく、息子ファミリーからも「余っているワインオープナーはないか」とメールがあった。

 ワインオープナーはいろいろ持っているが、瓶の口の大きささえ合えば写真のオープナーが面白いし非常に実用的だ。
 頭を回してスクリューを押し込み、反比例して上がる両手を下へ下げると非常に軽くコルクが抜ける。ただ瓶の口径によっては上手くいかない瓶もある。
 口径さえ合えばこのオープナーが楽だし楽しい。

 白玉の歯にしみとほる秋の夜 ばんざい!

2023年9月11日月曜日

外山(とび)茶臼山古墳

   つい最近、奈良の二つの古墳のニュースが話題になっている。
 話題の度合いは場所柄、法隆寺参道の舟塚古墳に分があるようだが、私は外山(とび)茶臼山古墳(桜井茶臼山古墳)に興味がある。
 そのニュースの内容は、過去に発掘されていた三角縁神獣鏡などの銅鏡の破片を精査したところ、全国最多の103面以上の銅鏡が副葬されていたというもので一見したところ地味ではあるが、古墳時代最初期の3世紀末で墳丘長204ⅿでこの銅鏡数だから夢が膨らむ。

 王墓(後のいわゆる天皇陵)について造詣の深い白石太一郎先生は、「外山茶臼山古墳とメスリ山古墳については、最初期の他の巨大古墳の地と少し離れていることや、古事記、日本書紀、延喜式などに陵墓としての伝承が伝えられていないが、この時期(古墳時代最初期~初期)(3世紀中葉~4世紀中葉)の王墓としては、箸墓→西殿塚→外山茶臼山→メスリ山→行燈山→渋谷向山の順に築造された巨大王墓であることはほぼ間違いない」と述べられている。

   考古学と記紀などの史料や伝承との検討・突き合わせは非常に困難であるが、仮によく言われる「箸墓が卑弥呼の墓」だと仮定すれば、西殿塚は「台与の墓」、外山茶臼山は初代の天皇陵などということもできる。荒っぽい話の一つだが、外山茶臼山の地はイワレの地であるからイワレビコこと神武の墓と推定する主張もある。

 そんな議論が飛び交うほど、ヤマト王権の出現期の貴重な古墳である。
 そもそもが、メスリ山古墳が築造された時点では北に箸墓と西殿塚の二つの巨大古墳があっただけだから、外山茶臼山とメスリ山が「離れている」というのもおかしくないか。

 古墳の被葬者の推定については、墓誌の埋納のないわが国では特定が非常に困難であり、白石太一郎説は有力ではあるが、すべてについて私も納得している訳でないが、今回の外山茶臼山の大量の銅鏡は、白石説を大きく補強していると考えられる。