2026年8月23日日曜日

残業指導見直し

    遂にやってきたか‼ と怖さを感じているのは私だけではないと思う。
 高市首相の「働き方改革つぶし」「残業抑制指導つぶし」のことで、この9月から労働基準監督署の指導が「見直される」(事実上野放しにされる)こととなった。
 その問題点の第一は、医学を含めた科学的見解を踏みにじっていることである。
 いうまでもなく、労働者が月100時間の残業をしたらみんなバタバタと倒れて死んでいくかというとそうではない。
 しかし大事なことは人には頑健な人からそうでない人まで色々いて、長時間労働が脳血管疾患や心臓疾患、さらには精神・神経の疾患の有力なリスクファクターであることは医学的常識に属することである。
 よく対論として専門職の話などを出されるケースがあるが、多くの過労死、過労自殺事案はそうではなく、終身雇用制から弾き飛ばされた場合の非正規雇用の劣悪さと相まって、例えば社内のプロジェクトチームの責任を任された真面目な労働者が、一見、志願して???長時間労働に突っ込み、最悪の場合命を落とし家族は路頭に迷うのである。それを止めようと努力していたのが労働基準監督署の「働き方改革」の指導であった。

 第二の問題は「労働者も同意している」という論である。
 ある見聞きした話になるが、有名大企業で過労死事案があり、どうも退勤の記録もあてにならぬものがあって労働基準監督署が労働組合に話を聞こうとしたが応じてもらえなかった話があった。有名大企業であるから労働組合も有名なものであったがそこでもそうだった。
 これが有名大企業でなければ、例えばいつの間にか職場の親睦会の代表が長時間労働容認の協定を締結していたというのも十分に考えられる。
 この辺りが西欧の民主主義や人権(家庭感)や産業別労働組合の状況と日本の現状との大きな違いでもある。

 高市首相に欠けているのはそういう現実を直視する目、そういう現実を働く庶民の側に立って改善しようとする視角である。
 「疑わしきは被害者救済」の暖かいハートが大事である。
 「自分は元気だから大丈夫」ではなく、強くない人も安心して働ける職場風土が大切なのだ。
 そういう意味では、テレビのコメンテーターやアナウンサーが、「私自身は残業が増えてもいい」などと発言するのは、まったく視野の狭いことだと感じている。

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