2026年8月9日日曜日

長崎の鐘

    1945年8月9日、日本の中できっと一番クリスチャンの比率の多かったであろう長崎に原爆が落とされた。
 キリスト教の解釈では、それは神が与えた試練だと聞いたことがあるが、私には理解が及ばない。
 同じように、原爆投下は日本の降伏を早め、その後想定された多くの犠牲者を産まずに済んだという「言い訳」にも納得できない。
 その当時、日本が戦争遂行能力を失い降伏の条件をめぐって各国に打診していたことは周知の事実である。
 だから、それは終戦後の覇権争いのためのアメリカの打ち上げた花火であった。
 あえて言えば、同じ条件下で、西欧人であるドイツやイタリアに向けて同じ判断をしていただろうか。(これは想像だが、ある種の説得力がある)

 かつて訪日したチェ・ゲバラは、原爆慰霊碑に献花をし、資料館を見学し、同行した中国新聞の記者に「君たちはアメリカにこんなひどい目にあわされてなぜ怒らないんだ」と問いかけた。それに対してとまどう記者の姿は、当時から現代までの私たち日本人の姿を象徴するようだと語り継がれている。

 確かに、日本軍の残虐な戦争行為の非人間性の数々は直視すべきであるが、だから原爆の非人間性が許されるものでもない。
 現実世界は核抑止力によって平和が実現などしていない。
 反対に、核の脅威をちらつかせながら戦争が行われている。
 自国内の内政の矛盾や反対派を抑え込むために「屁理屈」を付けて戦争が行われているのが実際だ。
 それでも大国のリーダーの理性、知性は核の使用を止めるだろうと、皆さんはホンキで信じられますか。
 
 こよなく晴れた 青空を
 悲しと思う せつなさよ
 うねりの波の 人の世に
 はかなく生きる 野の花よ

2 件のコメント:

  1. ひげ親父
    「長崎の鐘」を初めて聴いたのは高校の修学旅行でバスガイドさんが涙声で歌ってくれたのでした。男子校でやんちゃな男子どもが静かに聞き入ったことを思い出しました。帰ってから永井博士の歌詞を何度も書き写した覚えがあります。それほど強烈な印象を持ちました。

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  2. サトウハチロー作詞 古関裕而作曲のこの歌は自ら被爆したクリスチャンでもあった永井隆医師の随筆が元だと言われていますが、コロナ下の2020年の朝ドラ『エール』では、古関裕而が永井隆を訪ねたが「あなたの贖罪のために作ってほしくない」とはねつけられる。壁には「どん底に大地あり」とあった。それ以前、永田に一青年は「ほんとうに神はいるのか?」と尋ねたという。

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