采女の袖吹きかへす明日香風 都を遠みいたづらに吹く(万葉集、巻の一、五十一)
美しい采女の袖を吹き返していた明日香風。ここ藤原宮は飛鳥から離れてしまったので、今では明日香風も采女の袖をひるがえすこともなく、ただ空しく吹いているばかり。
退職者会の秋のレクリエーション・大人の遠足の下見のために明日香を訪れた。
記紀がこの国を秋津洲(あきつしま)と読んだことを納得させるように、トンボ(古名は秋津)が沢山飛んでいた。
そういえば、赤とんぼもヤンマも、昔は普通の街中の道路をよく往復していた。そして、十字路にたむろしていたものだったが。
トンボが減ったのはヤゴの住む池や溝に農薬が流れ込んだからだろうか、それとも、ヒステリックにトンボの餌となる蚊を駆除したからだろうか。
その理由は知らないが、トンボの舞う明日香の風景は心を和ませてくれる。
途中の小さなお店にレンタサイクルの夫婦のお客がいた。言葉からして東京か神奈川の人だった。さかんに、並べられている素朴な野菜や明日香の風景の素晴らしさを店の主人に語っているのが、聴くともなく聞こえていた。
その後、その二人は、私たち夫婦が歩いている横を挨拶の言葉を残して追い抜いて行ったが、少し前方で道に迷ったようなそぶりを見せていた。
追いついて、「どうしたんです。」と尋ねたら、「亀石が何処かわからないんです。」と困惑していたのにはこちらが困惑した。
「先ほど貴方たちが大いに話し合っておられたお店が、亀石前のお店ですよ。」「お店のすぐ横に亀石がありますよ。」と教えると、その二人がきょとんとされた。
「レンタサイクルなら簡単だから引き返しなさい。」と尻を叩いてあげた。
あのご夫婦にとっては、亀石は自らの失敗談に色塗られて反って楽しい想い出になるだろう。
そういえば、今は大の大人になっている長男が小さい頃、この亀石の上に乗って写真を撮った思い出が我々にもあるが、今は亀石のそばに「乗らないでください。」と立札が建っている。
ある種の信仰というか賽ノ神の可能性が高いから、「乗らないでください。」の立札は妥当だろうが、我が夫婦にとってはクスッと笑える思い出である。時効、時効。
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