2019年5月4日土曜日

新緑いろいろ

 先日まで庭のベニカナメの新芽が真っ赤で見事だったが、それを見ながら私は「何故ベニカナメの新芽は真っ赤なのだろう」と不思議であった。
 チコちゃんではないが年齢を偽ってNHKラジオ子ども科学電話相談室に架けたいくらいの気持ちでいた。

シラタマミズキ
   そうしたら430日、BGMのように聞き流していた子ども科学電話相談室に「紅葉や黄葉はあるのに何故青や紫にならないのですか」という質問があった。
 (詳細を知りたい方は「らじるらじる」で聴いてもらいたい)

 回答は塚谷裕一先生で、回答の後半で「新芽では紫のような木がある」という話になり、私の疑問と重なってきた。
 ところが驚いたその結論は、「いろんな説があって解らない」だった。ええっ!

 いろんな説のひとつは、若い葉っぱはまだ十分にカラダが出来上がっていないので、強力な太陽光線(エネルギー)から身を守るために太陽光のフィルターのためにそんな色になっているという説で、

 もう一つは、若い葉っぱは弱いし、これから働き盛りになるのだから、虫に食われないように「食べにくい色」になって身を守っているというものだった。

 いやいや驚いた。私の驚きは、太陽系の外まで衛星を運ぼうかという時代に、こういう基礎的な事柄がまだまだ解明されていないという予想外の回答だったからである。

 さて庭には昨年植えたシラタマミズキの木がある。これは薄い黄緑色である。これも太陽光線のフィルターだろうか、虫に敬遠させる色だろうか。私の感覚では二つの回答とも十分納得できるものではない。解らない。

 先日根粒バクテリアの窒素同化作用を書いたが、掃いて捨てるほどある植物ではお茶の子さいさいのように、そのように、人間がお茶の子さいさいと炭酸ガスと水で炭水化物が出来て、さらに合成(化合)を進めることができれば、人類の食料不足は根本的に解決する。
 わずか1㎜もない葉っぱでできていることを人類は未だに真似すらできていない。
 木々の新芽を見ながら自然に対して頭が下がってくる。人間はちっぽけだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿