2017年11月1日水曜日

泥仏(どろぼとけ)

   奈良の骨董店などを冷やかすと、元東大寺別当故清水公照師作の泥仏が目につくが、年金生活者には少々ためらわれる値段のため購入は諦めている。
 泥仏は、清水公照師が当時兼務していた東大寺幼稚園の園長であった際、園児たちの粘土遊びに触発されて制作を始められたという。
 師の絵画同様、その虚飾の無いおおらかさが私は好きである。

 ちょっと寄り道をすると、清水公照師の時代は志賀直哉、入江泰吉、杉本健吉、須田剋太等々の文人や芸術家そして僧侶が奈良に集い、戦後経済成長に向かう「文化壊し」に抗って仁王立ちをした時代である。
 社会や権力に対しても言うべきことは言い、同時にその根底には童心のような信仰・・というのに、私はただただ敬服する。

 先日、東大寺大仏殿において、「東大寺福祉事業団 こども作品展 チャリティー作品展」があり、その中に写真の泥仏があった。
 清水公照師の泥仏を知らない人たちが「怪獣かな」「宇宙人かな」などと言って通り過ぎていったのも可笑しかった。

 作者は松丸弘道、三木理恵、杉原はるみ、谷井芳山、松本政昭、新佳三、尾西楽斎の各氏の内の何方かかボランティアの方に聞いても判らなかった。
 わかれば教えてほしいが、わからなくてもいい。
 作者の名前やひいてはその値段で価値を計るのは卑しい。
 私は単なる置物ではなく「私の仏さま」(吉祥天?)にしようと思っている。
 もちろん清水公照師の作ではないが、その心を引き継いだ作者のものだろうから「奈良の文化を守るために微力を尽くします」と泥仏に誓っている。

    植物は命を削りて進化せり
    稲垣栄洋農学博士の講義を受けて

1 件のコメント:

  1.  清水寺の傑僧大西良慶師(1875-1983s58)は私の記憶では「仏も神も人間が造った(考えついた)ものや。大切なことは人智を超える自然の法則に謙虚になることや。好きな仏さまを拝んだらええのや」という主旨のことを確か言われていた。
     師は宗教者平和協議会の代表などもされていて素晴らしい方だった。

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