2024年3月6日水曜日

奈良のシーサー

   岸田首相のニュースを見ていると頻繁に「丁寧に説明をする」旨の言葉が出てくるが、その実は、木で鼻をくくったような空虚な答弁を繰り返して無内容な時間を積み上げたことをもって丁寧と称している。
 そのことは、政治の課題で許せないことであるとともに、日本語や日本文化を卑しめ劣化させていると私は思う。

 沖縄の辺野古新基地の工事を巡る議論が2月26日の衆院予算委員会であったが、日本共産党赤嶺議員が諸問題の中のひとつとして「埋め立てに沖縄本島南部の土砂を使うな」と要求したところ、首相は「地元、遺族の思いに寄り添った対応は大変重要」と述べながらも「使わない」とは言明しなかった。

 このことの何が問題かと言えば、この土砂採取地は沖縄戦激戦地の糸満市、八重瀬町などで、今も1700人を超える方々が遺骨を探し続けている地である。
 例えば誰かが「こんなものただの石でないか」と言って貴家の墓標に唾を吐いたり小便をかけたりしたらなんと感じるか。
 この地の土を埋め立てに投入するということはそういうことでもある。

 桁違いの時間が遺族の心の中で土に還るまで、この地の土は戦没者の無念と遺族の墓標だとなぜ想像できないのか。
 
 奈良の東大寺戒壇堂の屋根に珍しい鬼瓦(飾り瓦)を見つけた。全くシーサーそのもののように見えた。
 沖縄の痛みは本土の痛みだと感じながら生きていくべしと教えているようだった。

 

1 件のコメント:

  1. 戒壇堂の職員の方に尋ねたところ、あれは獅子である、昔から乗っている、いつからかはわからないということだった。後日もう少し上のレベルに尋ねてみよう。

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