2014年12月10日水曜日

天皇制と憲法

  12月5日付けの朝日新聞は、「安倍首相は改憲の争点化を避けつつ着々と土台を固めている」と論じている。この指摘は正しいと思う。
 この総選挙を消費税引上げ時期の延長問題程度と考え、安易な投票や棄権を行えば、取り返しがつかないことになる。
 だからと言って、維新や次世代や民主がそれを阻止する力には到底ならないから、隠れた争点『改憲』とそれをめぐる『自共対決』をもう一度噛み締めたいと思う。
 樋口陽一東大名誉教授の講演骨子が11月29日付け朝日新聞奈良版に載っていたが、そこでは、「選挙で選ばれた権力者もルールを守らなければならないというのが立憲主義だ」「どんな権力も制限されなければならない。立憲主義と民主主義を両立できるかがデモクラシーの質を左右する」と論じ、「安倍内閣の集団的自衛権の閣議決定は立憲主義にも民主主義にも反している」と批判している。
 そして、「押し付けられた憲法」との意見について、「戦前の日本にも自由民権運動や大正デモクラシーの時代もあり、日本人に縁もゆかりもない民主主義を押し付けられたという考えの方こそ『自虐的』だと示された。

 この記事を読んだとき、私は昨年秋の美智子皇后の言葉を思い出した。
 平成25年10月20日の美智子皇后79歳の誕生日の「文書ご回答」である。該当部分を宮内庁HPから引用する。
 「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな議論が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした議論に触れながら、かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。」

 恥ずかしながら、私はこれが報道された記事を読むまで五日市憲法草案を知らなかった。
 皇室の言葉を借りて論の権威を飾る気はないが、樋口先生の「押しつけ憲法論者こそ自虐的だ」との言葉の意味は重い。
 ちなみに、皇室のことに触れたので付言すると、日本共産党は現行天皇制を含めて現憲法を全面的に守るという立場である。
 国会の開会式に欠席しているのは天皇制を否定しているからでなく、現憲法と相いれない「国権の最高機関を天皇に従属させる」戦前のやり方をしているからで、事実、他の行事等では天皇と同席していることはいうまでもない。共産党が政府与党になっても憲法どおりの国事行為を天皇が行うのは当然で、その場合に共産党は同席もするし儀礼的な行事にも出席するだろう。
 こういうところからも、良心的な保守層と日本共産党との一点共闘が広がっているのだと思う。
 良識ある方々には上の文書を素直に読んで眼光紙背に徹していただきたい。
 天皇夫婦と宮内庁が一番嫌っているのは安倍首相だと私は理解した。

 なお、毎日新聞(Web)によると、「共産党の志位和夫委員長は8日、日本外国特派員協会の記者会見で、共産党が将来参加を目指す連立政権について、「天皇制の問題には手をつけない」と述べ、当面見直さない考えを示した。」と報じている。

  秘密保護法が今日施行された。
 何が秘密であるかも秘密だというものだ。
 後進国や戦前の体制と変わらない。
 今この国の民主主義を守りたいと願う方は総選挙で共産党に投票してほしい。

2 件のコメント:

  1.  先日、昭和17年東南海地震があったが当時軍事統制下にあったため、一般にはあまり知られてなく被害の実態が未だに不明で記録も残されてなく忘れ去られようとしていることに、当時地震を体験した少ない人達が事実を風化させてはいけないと当時の被害の実態を記録に残そうとしている人達を報道していました、本日施行された秘密保護法も真実を国民に知らせることなく葬り去られてしまうのでは?と危惧します、国民を敵に回して時の権力者が自らの都合のよい世界にしようとしていることに、強い怒りと不安を感じています、何がなんでも止めさせなければと考えます。

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  2.  匿名さん、コメントありがとうございます。
     先日、林真理子さんの怒りの声を書きましたが、特定の事項を報道管制するというのも怖いものだと思います。
     マスコミが統制されるということは国民が統制されるということですね。
     元大阪管区気象台主任予報官だった岡林一夫さんの「日本列島の四季」という本を持っていますが、その中にも「天気予報は平和のシンボル」という小見出しがあって、「1941年12月8日(真珠湾)から1945年8月21日まで天気予報がなくなった」ことが書かれています。
     戦時体制とはそういうものでしょう。
     フクシマの時にも、米軍や海外各国では知っていた爆発の状況が国内では知らされず、放射能とは関係のない水素ガスが爆発したのだと言い続けられました。
     堤未果さんの本の題名ではありませんが、「政府は必ず嘘をつく」のを見抜かなければならないように思います。でも、それはなかなか難しい・・・・・。

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