2014年8月27日水曜日

華氏451度

  花子とアンで嘉納伝助が「蓮子は本ば読みよる時が一番楽しそうでん」という台詞があったと思うが、この間から私が本を読んでいるのを横から妻が「余っ程楽しそうな本やね」と聞いてきた。そんな顔をしていたらしい。
 本は古本市で手に入れた「継体大王の謎に挑む」で、平成元年と翌二年に開催された「越の国シンポジウム」をまとめたもので、一冊の本の中に大先生方の異論、反論が載っているというか「闘論」されているのが楽しい。
 しかし、よくよく考えてみると戦前なら、「天皇家は万世一系ではなかった」というような発言のくだりは、「×××」という伏字だろうし、そもそもこの本は発禁であったことは間違いない。
 戦前というのは若い人にとっては歴史の彼方であろうが、私などにとっては父母や兄や姉が実際に呼吸していた時代、ついこの間のことと思えるようになった。自分も若い頃は「生まれる前の遠い時代」と感じていたが。
 
 「華氏451度」という映画にもなった小説がある。
 舞台は、情報が全てテレビやラジオによる画像や音声などの感覚的なものばかりの社会。そこでは本の所持が禁止されており、発見された場合は焼却し逮捕される。本によって有害な情報がもたらされ、社会の秩序と安寧が損なわれることを防ぐためとして、密告が奨励され、市民が相互監視する社会が形成され、表面上は穏やかな社会が築かれていた。その結果、人々は思考力と記憶力を失い、わずか数年前の出来事さえ曖昧な形でしか覚えることができない愚民になっていた。
 アメリカの著者レイ・ブラッドベリが、1953年マッカーシズム(赤狩り)の中、ディストピア(ユートピアの反対)的未来社会を書いたものだ。
 
 全く小さな私事だが、先日私はNHKのインタビューを受けて全国ニュースで一瞬ではあるがテロップ付きで放映された。そして、あるOB会に出かけた時、「出てたね」「見たよ」という人があまりに多いことに驚いた。玄関前で大工仕事をしていた時にも近所の方に声を掛けられた。
 ということで、テレビというメディアの影響力の大きさをひしひしと実感というかほんとうに「少し恐ろしい」程に再認識したところである。

 そのNHKの人事に政府が強引に介入したり、首相がメディア幹部を頻繁に酒席に招いていることは周知の事実である。
 その外壁のように特定秘密保護法も施行された。
 そういう中で、若い人の中には「テレビとネットがあるから新聞はとっていない」という人も結構増えている。
 「えっ! 華氏451度ってSF小説と違ゃうかったん?」という社会がそこまで来ている。

4 件のコメント:

  1. 映画はトリュフォーですね。ブラッドベリとは意外です。彼は飛行機嫌いで、ジョン・ヒューストン監督の『白鯨』の脚本を書いた時、どうしても飛行機に乗れないと言い張ってアメリカからイギリスまで船で行って、監督と大喧嘩したという話を聞いたことがあります。

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  2.  私はSF小説やSF映画は門外漢ですが、全く偶然にテレビでこの映画を観たのです。
     だからmykazekさんのコメントは参考になります。 へ~そうなんだ!と知りました。
     mykazekさん、明日UPする記事にもよろしくコメントをお願いします。長文になっても結構です。では、・・・

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  3. フランス・ヌーベルバーグの監督として有名ですね、俳優としても「未知との遭遇」で科学者役で出演していました。Wikiで彼がSF嫌いという事を知り意外な感じを受けましたが「未知との遭遇」はSFでありながら友愛の物語だから出演したのではないかと思います。

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  4.  ひげ親父さんのご指摘を感心して読ませていただきました。
     私はいたって非文化的なものですからトリュフォー監督のことは知りません。
     皆さんご存知のことはどうか補足的にコメントをお願いします。

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