2013年6月22日土曜日

七十二候

  私は机の横に『新暦・旧暦カレンダー』を懸けている。
  二十四節季と七十二候が書かれている。
 私自身はそれほどは旧暦を大事にしない商家の文化で育ってきたし、妻も農家の文化の周辺ではあるが、すでに都市生活者の文化の下で育ってきたので、どちらかというと二人とも旧暦が体に染みついたというようなものではない。
 基本的には新暦一本の(どちらかというと今の時代の平均的な人々よりも)合理的な現代っ子として育ってきた。
 それでも、今ではそれぞれが大きくなって家庭を築いている子供たちが、「小さい頃にいろんな年中行事をしてくれたことを覚えている。」と、肯定的に語ってくれる。そのように暮らしてきた。

 そんな雰囲気というか私の嗜好を知っていてくれて、父の日に娘(お嫁さん)から『日本の七十二候を楽しむ』という本をプレゼントしてもらった。
 実はこの本は、発刊直後から知っていて、本屋で立ち読みしたり、友人と語ったり、書評を読んだりしていたものだが、ちょっともったいなくてよう買わずにいたものだった。
 あまりに的確な選択なので驚いた。
 だから、この本は、知って全篇を読まずに、季節の移ろいに応じてページをめくっていこうと考えている。

 で、今の季節を開けてみると、芒種の初候に蟷螂生ずがあった。「七十二候にかまきりが登場するのはなぜでしょう?稲や野菜には手をつけず害虫を捕まえてくれるからかもしれません。」とあった。
 それにしても蟷螂の赤ちゃんはかわいい。孫も喜んで観察している。(蟷螂を大嫌いな友人がいるので小さな写真しか掲載できない。好きな人は写真上でクリックしてほしい。)
 芒種の末候には梅子黄なり(うめのみきなり)=梅の実が熟して色づくころ・・が出てきた。
 これは、唸るしかないほどドンピシャで、丁度我が家で梅干しを漬け込んだときだった。
 その次は夏至であるが、私の感覚でいえば夏至ほど中途半端な二十四節季はない。
 冬至は、極寒に向かうのではあるけれども確実に始まる「光の春」の始まりを感じさせる。
 立春や春分、秋分には確かな存在感がある。
 それに比べて夏至はどうだ。死にそうな猛暑はまだ先だ。関西のお盆は8月である。なのに日の出・日の入りはもう後半戦に向かうという。
 近頃は夏至にキャンドルナイトをという呼びかけもあるが、まだインパクトには欠けている。
 そんな悪態をつきながら季節に応じてページをめくるという方針を喜んでいる。私は「じょがべん派」である。好きな本は知ってゆっくり読むのである。

3 件のコメント:

  1.  蝶、蜂、蜻蛉などの幼虫は芋虫やヤゴですが、蟷螂は卵から孵った時から一丁前のカッコをつけていて凛々しく感じます。
     この写真を見て「蟷螂の赤ちゃん可愛いい!」と誰かコメントをくれるかなと思ったのですが、そう思うのはアブノーマルですか。
     孫の夏ちゃんは「蟷螂の赤ちゃん可愛いなあ!」と爺ちゃんに同調してくれています。

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  2. ご配慮、感謝します。蟷螂の怖さを語らせたら一晩でも、という私ですがその怖さの根源はこの小さな写真でも充分に、つまり、鎌を上げ、キッ!と振り返ったこの顔にあるのです。「喰うたろ~か~」あ~怖ゎ。

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  3.  ひげ親父さんは祇園祭の蟷螂山もダメなのですか。ある種のトラウマで生理的に受け付けないものってありますよね。しょうがないですね。
     それから、「本のじょがべん派」の同意者はおられませんか。「そうそう、楽しい本は読み進むのがもったいない。」というような。

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