2011年8月6日土曜日

蜂の子ご飯と赤飯

 (社)農山漁村文化協会の著作物に「大和に特有な食べものに『小麦餅』がある。半夏生や『さなぶり』のころ、とりたての小麦を荒挽きし、もち米と一緒に搗いたものです。」とあったので、生駒谷の典型的な農家の娘であった義母の外泊の機会に「記憶の再現」を試みたが、「半夏生や『さなぶり』なんかせんかった。」「小麦餅なんか搗かんかった。」「そんなんは知らんなあ。」と言うばかりである。
 本の限りでは、紀州や河内の一部までも含む相当広範囲な地に共通の習慣であったようであるので、義母の実家だけがしなかったのか?義母の記憶の問題なのかは解からない。
 長男夫婦が土産に持ってきてくれた「さなぶり家のさなぶり餅」を、「知らん言うのは知らんのやからしゃあないな。」と親子で言いながら美味しくいただいた。(仮に調べてみて「生駒谷でもそういう習慣があった」となっても、義母が「知らんものは知らん」のではしようがない。)
 その代わりではないけれど、6月27日のブログに書いたが、アシナガバチの子を食べていたことはよく憶えているようだ。
 「蜂の子をお米に入れて、醤油をちょっと入れて炊きましたんや。」「だいこんなんかは入れへんかった。」「美味しかった。」そうである。話の具合では、お米やおかずに困ってやむを得ず・・というのではなく、楽しい料理の一種のようであった。
 誰か、「蜂の子ご飯」をご存知の方はコメントをお願いしたい。

 今日、孫の“食べ初め”で赤飯を炊いた。古い安物の電気釜だが立派に炊き上がった。「もち米は釜では上手く対流しないので蒸さなければならない。」という言葉を昨日まで信じていたが、日本国家電メーカーの実力には脱帽である。
 その実力を持ってしても制御できない原子力発電所は、「すぐには止められない。」などと麻薬患者のようなことを言わずに早期に撤退すべきではなかろうか。
 孫の食べ初めに当って、青臭いと言われようがひとこと言っておきたい。

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