2019年3月8日金曜日

天皇家は仏教徒であった

   先日「廃仏毀釈」のことを書き、明治の国家神道政策が如何にひどいものであったかを書いた。間違っても「明治150年はすばらしい」などと言ってはいけないと反省している。
 
 浄土真宗本願寺派(西本願寺)の僧侶で龍谷大学財団理事長も務めた松島善海は、「明治天皇が崩御されるとき『朕が一生において心残りのことは、即位式を仏教の大元帥の法によって出来なかったことである』と述べた」と伝えている。
 天皇家自身も仏壇や位牌を引き上げられたり、菩提寺(泉涌寺など)を取り上げられたのだ。
 さらに、天皇になれなかった皇子はふつうには門跡寺院で出家していたことも忘れてはならない。
 天皇家は明治維新までは丸々仏教徒であったのだ。

   さて、私の孫は東大寺福祉療育病院にもお世話になっている。
 そしてその病院の門前には『一乗院宮墓所』がある。
 後水尾天皇の真敬親王と後陽成天皇の尊覚親王等の墓所である。
 いうまでもなく仏教によるお墓である。
 廃仏毀釈も親王(皇子)の墓所までは手が回らなかったのだろう。

 もう一度言っておくが、日本の歴史、日本の伝統と言えば神仏習合であり、主要には仏教であった。
 明治150年にかこつけて、この国は一貫して神の国であったというような嘘に騙されてはいけない。

 各村の鎮守の神社も、神社本庁の政治的な路線に影響されるのでなく、わが国本来のおおらかな神社や神々であってほしい。

   共存に不思議などない神仏

2 件のコメント:

  1. 作家の三浦しをんさんと政治学者で鉄ちゃんの原武史の対談集「皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。」を一気読みしました。天皇が生前退位を表明した時期を間に挟んだ対談集で、とりわけ明治天皇から現天皇までの宮内庁や皇室の動きが挿話的に語られています。その中で原氏が何度も「万世一系はたかだか明治から終戦までの間に作られたイデオロギーにすぎない」と話しています。日本会議を引き合いに出しながら、安倍政権になってからこうしたイデオロギーが声高に叫ばれるようになった、とも指摘されています。まさに天皇制の政治的利用だと思いますが、同書の中には、大正天皇が病気を理由に、天皇の意に反して摂政が置かれたのも、時の政府の意向だったことがにおわされています。いかにも古来からの「伝統」のように為政者の側から展開される動きには、ほんとうに眉に唾して、真実を見極めることが必要だと思います。

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  2.  猫持さん、コメントありがとうございます。ほんとうに為政者や各界の「権威」の側が伝統などというときには眉に唾が必要ですね。

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