2019年3月19日火曜日

明恵上人のこと

 和歌山は有田出身の友人がいて、彼の地出身の明恵(みょうえ)上人のことをいろいろ調べているという話を2月に聞いた。
 確か去年ぐらいに奈良国立博物館で明恵上人の特別展があったが私は行っていない。
 私の貧弱な知識はというと、何らかの形で上人が鳥獣戯画の制作に関わっていなかったかという俗説と「夢を記録した上人」という程度のものだった。つまり、まあそんなものだった。

   上記の話とは別に、大相撲立行司第41代式守伊之助の軍配の房を京の職人が作っている話を朝日新聞で読んで、それが紫と白の房だと言うので「やっぱり」と思って道教の本を引っ張り出して読んだ。
 するとそこに要旨次のようなやりとりが記されていて、私の目は止まった。

 ・・・親鸞の思想が道教だという話に続いて・・・
 福永光司 それに対して明恵の「自然」というのは山水自然で、・・それと一体となるためには・・夢だというのです。
 ・・僕は明恵さんの「夢記」は実物を持っていないので、白洲正子さんの「明恵上人」の一冊で見ました。明恵上人は物凄く老荘的なんですよね。
 河合隼雄 あれは本当にすばらしい本です。明恵の本がいろいろありますけど、やっぱり白洲さんの本が一番明恵の本質をうまくつかまえていますね。 

 ・・・という流れから、むずむずと好奇心が湧いてきて、白洲正子著『明恵上人』(新潮社)を求めて読んだ。
 結論を言えば、明恵上人の思想のタオイズムのようなことは十分に理解できなかった。(感覚的には納得した)
 ただ別に、平雅行著『親鸞とその時代』(法蔵館)を読んだときに衝撃を受けた指摘「古代の顕密仏教に対して法然・親鸞・道元・日蓮らの鎌倉新仏教という前提がそもそも間違っている」という提起が、なるほどと大いに理解できた。
 顕密仏教側の革新的なうねりを直視せよというそれは、明恵上人の生涯を見れば理解できそうだ。
 中世の新しい仏教界の大変動の主な主人公は顕密側の改革運動だったらしい。
 いわゆる鎌倉新仏教が影響力を拡げたのは戦国時代を待たなければならない。う~む。

 「明恵上人にみる老荘思想」は私の重い宿題になった。いつか判らない未来へ続く。

   今どきの大臣(おとど)明恵なら何と

2 件のコメント:

  1. 大阪中之島の香雪美術館で3月21日から「明恵の夢と高山寺」と言う特別展が始まります。

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  2.  スノウさんの情報力には脱帽。5月まで会期がありますから覗きたいと思います。
     明恵さんとともに(ちょっとそれ以上に)その時代というのに大いに興味が湧いています。春秋時代のような気がします。

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