一昔前までは、「弥生以降日本人はもっぱら米を食べてきた。」という日本文化論が当たり前であったが、詳細な史料から、それが如何に暴論であるかということを私に教えてくれたのは網野善彦氏の「日本論の視座」をはじめとする諸論であった。
この列島の先人は、考えられないほど多くの植物を主食に、あるいは準主食にしてきている。
その多くは稲作の困難な山間部や水不足、温度不足の飢饉に関連したものであるが、五穀以外に、そのままでは有毒である栃の実や、はては彼岸花まで、その毒抜きの加工技術の苦労の痕は、森浩一氏編「日本の食文化に歴史を読む」等の本を読んでいても心を打つ。
ところが、そういう貧しい物語とは別種の『毒抜き技術の最高峰』が我が国には存在する。
「食に知恵あり」(日経ビジネス人文庫)の中で小泉武夫先生は次のように断言されている。
「これまで食べた世界の食べ物の中で最も奇怪な食べ物は何でしたか」という質問をよくされる。私はちゅうちょもせず「それは石川県のフグの卵巣のぬか漬け。あれにかなうものはない。何せ猛毒を持った卵巣を食べてしまうのですからね。地球広しといえども、これにまさるものなどありません」と答える。・・・・と。
フグの卵巣はそれ1個で25人相当の致死量がある。
それを3年以上の年月をかけて発酵によって解毒・・・と言われているが、解毒に至る詳しいメカニズムは今でも不明とされている。ほんとうである。
それでも「経験則に基づく結果よし??」で、全国で石川県だけで製造が許可されている。(寄り道だが、フグの肝は大分県(別府)では調理提供が禁止されていない。)
私には、栃の実加工への先人の努力は理解できるが、このフグの真子(まこ)解毒にかけた先人の執念には半分は感心するが半分以上あきれ返ってひっくり返る思いがする。
息子のお嫁さんは「加賀の女(ひと)」である。
帰省から戻って来た時に「お爺ちゃんが好きらしいので」と、これを提げて帰って来てくれた。
糠をとると「表面は魚の内臓を包んでいる薄皮」である。当たり前である。このままでは(見た目は)あまり食欲は出てこない。
しかし、それをお刺身のように切ると「山吹色の粒々」(小泉先生の形容)が浮き出てくる。
食感は鯛の真子(卵巣)や明太子に近いが、「へしこ」に似た強い香りが鼻をくすぐる。(糠漬なのだから当たり前か)
鮒ずしの香りよりも上品?な芳香で、ワインを飲みながら、「日本酒に合う!」「日本酒に合う!」と何度もつぶやいた。
妻は「アンチョビみたいにピザに乗せたら絶対いける!」と断言した。
提げて来たお嫁さんは「う~ん」と言って一口食べたが、老夫婦は「もったいない、もったいない」と何回も繰り返しながらパクパクといただいた。
もちろん、その報告をこうして書いているのだから、テトロドトキシンは完全に分解されていた。
聞くと、目玉が飛び出るほど高価なものではないらしい。
だからみなさん、機会があればお酒のアテに一度入手されることを心から推薦する。ほんとうに美味しい。
私はあと半分を冷蔵庫に隠している。
今夜、義母にも食べてもらおうと思っている。いったいどんな感想を言ってくれるだろう。
詳細は http://www.aburayo.jp/ をご覧あれ。 フグの子はほかの商店にもあるし、YouTubeにも少なくない情報がある。
作る者あれば、食す者あり。珍味、珍人が食すの世界ですね。
返信削除「馬には乗って見よ人には添うて見よ」とも申します。私が自信をもってお勧めいたします。これはゲテモノではありません。
返信削除昔、金沢旅行の際、近江町市場で買って帰ったことがあります。勿論、長谷やんさんのお勧めに従ってのことですが、食後感はまさに「肝試し」の感あり!でした。
返信削除「肝試し」ですか? よく「日本人はこの日本列島で採れるもの、昔から食べてきたものを食べるのが一番合っている」と言いますよね。この説は、塩分過多を除いては概ね納得できます。私は先人からの教えについては性善説です。
返信削除石毛直道先生の本で、日本はだし文化のおかげで塩分過多にならぬ薄味の調理をおこなうことができたという見解を知りましたが、塩分過多は先祖伝来のものなのでしょうか。もちろん、カツオブシやコンブが広まったのも江戸時代以降のことで比較的新しいものですが。
返信削除ところで、網野善彦先生には『古文書返却の旅』(中公新書)という、ものすごく興味深い現代史のひとこまを描いた本があります。未読でしたらぜひどうぞ。
山間地で魚を摂る、豪雪下の冬に野菜を摂る、には塩蔵だったんでしょうね。しかし現代では、うどんやラーメンの塩分の方が問題かもしれません。
返信削除網野善彦氏の著書はたくさんありますし読みましたが「古文書返却の旅」は未読です。また直近の楽しみが増えました。mykazekさん、ありがとうございます。