2014年8月4日月曜日

遺跡の復元

吉野ヶ里遺跡
  先日、千田嘉博先生の「近世城郭の成立」という講義で、復元された吉野ヶ里遺跡について触れられて、「あんなびっしり詰まった城柵では弓矢で護ることもできない。」と、暗に文化庁、文化財研究所、教育委員会の復元した城柵を批判されていて可笑しかった。
 敵が城柵まで襲い掛かって来た時には、礫か矢を放物線を描いて放ったと言うしかなく、「間抜けた見解だ」とその批判は判りやすい。
 ことほど左様に、権威ある復元と言えども誤りも多く、未解明な問題も多い。

  以前にも書いたが、平城宮大極殿は二層(二階建て風)に復元されているし、平安宮のそれは平安神宮に単層で復元されている。
 これも歴史の流れからすると逆ではないかと不可解で、平城宮の復元時に「できることなら立派に見えるように復元したい」という意識が働いたのではなかろうか。

  その意識の延長線上で平城宮大極殿前を整地して回廊を復元するという工事が始まっている。
 立派な復元建物で覆ってハリーポッターの城と張り合いたいのだろう。
 吉野ヶ里と変わらない。
 若草山にモノレールという案(とりあえず「棚上げ」になった)にしても、国や県は目先の金儲けしか興味がないようで悲しい。(結局そんな張りぼてのような観光策は見捨てられ、最後にはホンモノが値打ちを発揮するだろう。)
 発掘や研究はゆっくりすればいい。
 奈良県知事には、大阪の都心から25分ほどのところに広がる草はらを「どうだ!」と自慢する器量が欲しい。
 

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