2014年8月30日土曜日

トルストイを読む

 「夏休みにトルストイを読んだ」というと大方の人びとは「ホホーッ」と感心されると思うが、そういう先入観や既成概念で判断してもらったのでは後が恥ずかしい。
 読んだのはお嫁さんが図書館で借りてきた童話『三匹の熊』で、それを私が孫に読んであげただけというお粗末なものである。

  女の子が森の中で道に迷って熊の家に入り込む。
 「父、母、子供の熊の名前はミハイル・イワーノビッチ、ナスターシャ・ペトロブナ、ミシュートカ」・・と言うあたりから俄然ロシア文学の香りが漂い始める。
 そして、女の子は熊の家族の留守中に、テーブルのスープを飲んだり、子供の椅子を壊してしまったりした上でミシュートカのベッドで寝てしまう。
 当然、熊が帰ってくる。熊の父親は状況を見て怒る。
 さてどうなるのかと思いながら読んでいくと、「女の子は窓から飛び出して逃げていきました」で、「はい、おしまい」・・・・・・・。
 ちょっと狐につままれたような気分で朗読を終了した。これってほんとうにトルストイ?

 ネットを繰ってみると、これは元々ヨーロッパでは有名なイギリスの民話が元らしい。
 「トルストイが、当時言葉が荒れていたロシア農民の子供に綺麗な言葉を教えようとして書いた」という一文もネットにあったが、これは日本語に翻訳された本ではわからない。

 私の方が日本の仏教説話的な教訓話や予定調和に馴らされてしまっているせいか、女の子が謝ったり、熊と相互理解をしないまま逃げ出した筋書きに戸惑った。
 童話だと思うせいか、理由を考えようともせずに怒った熊に少々腹が立ったし、小さい子が気分のままに振舞ったとしても許してやれよ!とも思ったが、近代法制下では女の子が明らかに不法侵入して、勝手に食べ物を食べ、椅子を結果として壊したのだからこれでいいのだろうか???
 だからといって、トルストイの真意が「勝手によくないことをしてはいけません」・・・にあったようにはどうも思えないのだが。
 日本の民話だって、近代の変なバイアスがかかる以前の原話は「ほんとうは恐ろしい」ものが多いのだから、『収まりの悪い』私の感情の方が素直でなく、「よかったね」「めでたし めでたし」的結論を期待するつまらない常識に毒されているのかもしれない。
 こっちがそのように戸惑いながら読んだものだから、3歳の孫がどう感じたかは全く分からない。
 「世の中はそんなに単純ではないわい」とトルストイがロシアの大地で大笑いしているような気がするが、今も喉に何かが詰まったようなままである。 

6 件のコメント:

  1. 先にまったくトルストイと関係のない話から書きますと、本を訳された小笠原豊樹は若い頃はロシアの詩人マヤコフスキイの研究者・翻訳者としても知られ、さらに、先のブログで名前のありました、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』やロス・マクドナルドの『さむけ』など、SFやミステリの翻訳でも不朽の訳業を残した方です。しかも、それだけではなく、ペンネームの岩田宏名義では1950年代から詩人として活躍しました。岩波文庫の小熊英雄詩集の編集をしたのもこの方。

    彼の詩を紹介しているブログがあります。
    「動物の受難」
    http://hannah5.exblog.jp/3221555/

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  2.  全く未知の世界をご紹介していただき感謝感謝。
     「動物の受難」読みました。
     この頃「詩人や俳人は偉いなあ」と、自分の凡人ぶりにあきれ返りながら感心しています。

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  3. トルストイの「3びきのくま」を読みました。ロシア語でもすぐによめる短いものですね!
    トルストイの文章は無駄がなく引きしまっていて正確、円熟の世界です。
    ぼくは三段オチを繰り返して、非常に可愛らしい話と思いましたが、
    熊も女の子を追いかけなかったわけですし、さわやかな話じゃないでしょうか。

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  4.  1) トルストイのロシア語の文章の美しさは小生には残念ながら「不知」と言ったところです。
     2) 本題ですが、民話というものはこういうものなのでしょうね。残酷であったり、不条理があったりで、その方が自然かもしれません。しかし、「現代の小さい子向きの童話」という概念にとらわれてしまった私などは当然のように「めでたし めでたし」でないと心の収まりがどうも悪いのです。

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  5. 19世紀にはドイツのグリム兄弟やロシアではアファナーシェフといった人たちが民話の収集と公刊をして、民衆の中にあった口承文芸の姿が書き言葉で知られるというようになってきました。トルストイはそういうものを受けて、、素材は元の民話から取りつつ、自分の創作として書いたということのようです。ですので、民話の原型がそのまま残っているのかというとまた微妙なところです。ちなみに、有名な「イワンのばか」はトルストイの創作でして、本来の意味での民話ではありません。

    トルストイは本格的な小説である『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』を1870年頃までに完成させましたが、その後、自分の前半生の芸術を全否定するに至り、過激に作風の転換を図りました。その中で、創作民話などが生まれてきましたが、芸術のための芸術というのは完全否定しながらも、芸術家としての腕前はますます冴えわたるという晩年を送ったようです。トルストイはものすごく人間臭い人で、明らかに間違っている言動も多いのですが、芸術家としては本当に偉大です。
    ロシア映画ではありませんが、家出前の最晩年のトルストイを扱った『終着駅』という映画はけっこうおもしろいですよ。

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  6. mykazekさん、要約したトルストイの解説ありがとうございます。すべて聞き始めの事柄で参考になります。
     ちょっとは齧ってみなければならないようですね。う~む。

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