2026年1月24日土曜日

石筍みたい

    22日の夜、外の水道管が破裂してはならないので少しずつ水が流れるようにしていたら、23日にはこんなのができていた。鍾乳洞内にできる石筍(せきじゅん)みたいなものだが、石筍に比べればあまりにインスタント。
 それにしてもよくできたものだ。
 JCPZが発生して近畿北部は大雪だったが、わが家周辺はたまに風花(かざはな)が見られただけ。それでも夜にはこんな石筍もどきができた。
 去年あたりから健康第一・金銭第二で一晩中床暖を付けているから、そういう外気も知らずに過ごしている。ありがたいことだ。
 日本国憲法第25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とされているが、軍拡と大企業優遇、トランプ第一の政治の下で震えている人々はいないだろうか。
 テレビを視ていると「選挙の争点は消費税」みたいな解説があって、「各党の間にそれほど相違はない」とか「消費税を減税すれば福祉を削らなければならない」みたいなミスリードが目につくが、ここは「平和や人権尊重の憲法を守る」か「人権や福祉よりも軍拡」で憲法改悪の方向に進むのかが問われる総選挙なんだと思う。

2026年1月23日金曜日

少年老い易し

    小笠原好彦先生の古代史の講座に参加している。
 そのことでお金が儲かることもないし資格が与えられたり何か進級することもないので、社会的地位やスキルのような承認欲求とも縁遠いが、少しばかり心が豊かになるような気だけはする。
 人生の第四コーナーで悔やんでいるわけでもなく、こんなものだと老人顔するのも嫌なので、生きているうちは青春だと思うことにしたい。
 今年初めての先日の講座では、冒頭、先生が次の詩を吟じてくださった。 

    「偶成」 朱熹(朱子)
    少年易老學難成
    一寸光陰不可輕
    未覺池塘春草夢
    階前梧葉已秋聲
 
 少年老い易く学成り難し
 一寸の光陰軽んずべからず
 未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
 階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声
 
 若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから・・・。
 春に池のほとりに草がゆらぐのを見ながらうつらうつらと夢を見ていたかと思うと、庭先のアオギリはもう秋の気配を帯びている。
 (偶成 「たまたまできた」の意)
 漢詩にしても俳句や短歌にしても、文章を削ぎ落して訴えるのが肝心とか。先日から政治状況を睨んで原稿を募集したが、言いたいことがいっぱいあるのだろう、大論文みたいな原稿も少なくなかった。新聞編集では「長い記事は短い。短い記事は長い」という鉄則がある。漢詩とまではいわないが、俳句などの短詩に挑戦してトレーニングするのも有効かも。

2026年1月22日木曜日

中野晃一氏のスピーチ

 
 中野晃一氏のスピーチは解りやすい。
 そんなに長くもない。
 下記のアドレスを反転させて「移動」を選択すると見ることができる。
 ぜひとも見てほしい。

https://www.facebook.com/reel/3126324274221039/?s=fb_shorts_profile&stack_idx=0


気象は地球規模

    昔話になる。気象庁の労働組合は、 省庁再編などもあり現在は国土交通労働組合の一部であるが昔は全気象労働組合として独立していた。
 ヒロシマの黒い雨訴訟で「増田雨域」として話題になった気象学者故増田善信氏が委員長であったときもある。

 もう30年ぐらい前のことだが私は大阪管区気象台で全気象の方々とある相談していたが、それが今日と同じように、記録的な寒波が近づいてきているときだった。
 そのとき、全気象の組合員でもある気象台の職員の方々が、熱気を帯びて職場の中を駆け回っていた印象が今も残っている。
 労働組合の相談をしている周囲でも、どんなに強く大きい寒波がどこにあって、どのように発達しながら日本列島各地に向かっているのかという観測データの話が盛り上がっていた。
 観測機器も手作業に近く、だいたいテレビの天気予報用の黒板も気象台の会議室の隅にNHKと民放用があったころである。
 その熱気に私は「技術系、自然科学系の仕事っていいなあ」と思ったものだった。
 昨日今日あたり、データは格段に機械化されただろうが、やはり予報官たちは熱気を帯びて議論しているのだろうか。

 25年10月24日と26年1月5日にも書いたが、大阪管区気象台が21日「JPCZが停滞するから大雪の危険」と発表し、テレビ各局もそれを伝えている。
 だが、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)がどうして発生するのかという解説はどこのテレビ局もしていないように思う。
 地球規模で起こっていることを狭い日本国内だけで理解しようとするのは如何なものか。
 何か近頃、「島国根性」という言葉が頭に浮かぶことが多くなった。

2026年1月21日水曜日

全権委任

 デジタルクリエーター タガミケンイチ氏のFBの指摘に同意するのでその主旨を以下にほぼ再録する。

🔳 高市首相いわく、”そしてその後政府が提出しようとしている法律案、これも賛否の分かれる大きなものでございます。だからこそ国会が始まる前に国民の皆様の信を問いたい、そう考えました。そして信任をいただけたらこれは力強く進めてまいります。”だそうです。法律案具体的に言っていない。

信任されたら全権委任いただきましたと承知するであろう法律案は、思いつくだけでも、改憲、非核三原則、スパイ防止策、増税、年金など。これはナチスヒトラーと同じ手法。議会制民主主義の否定です。減税騒ぎで騙されている。

もう一つスルーされているのは、16日自民党の小野寺五典安全保障調査会長や日本維新の会の青柳仁士衆院議員らがネタニヤフ首相表敬訪問したこと。パレスチナジェノサイドを認めたことになる。

高市氏を支持する若い方が支持する理由、政治のことはよくわからないが、おちゃめ、かっこいい、決断力があり期待できそう。具体的に何を期待するのか分かりませんが。🔳

 以上、極めて大切な指摘である。

みんな真面目

    高市政権に厳しい審判を というスタンスで原稿を募集したところ、みんなから大いに真面目な原稿が集まった。
 内容に一切問題はないのだが、というか立派な原稿ばかりだが、労働組合でいうところの情勢報告というか、新聞でいえば社説や主張というか、一言で言って堅いし長い。
 広報活動の注意事項に「長いは短い」というのがある。長い記事は読む人が少ないから人に読まれた総字数は短い、反対にいうと「短いは長い」と言われる。 
 それにどうしてもミニコミ紙には速報性はないから、少し前の台湾有事などにフォーカスしすぎて、読者の手元に届くころには少し微妙なタイムラグも生じるかもしれない。
 ならば「寸鉄人を刺す」みたいなひとことコラム(文字の風刺画?)をと考えたが実際に書こうとすると凡才には大いに難しい。
 しかしここは恥も外聞もなく挑戦するしか仕方がない。そんな気持ちで編集長に送信したが、・・・もう、あとはよろしく。
 最後に、井上ひさしさんの言葉を複唱、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」。ははあ~~。

2026年1月20日火曜日

寒波の前

    19日は暖かったが、ラジオはこの後強い寒波が長く来るから気をつけろとアナウンスしている。JCPZの直撃だ。
 なので19日中にと、きつい棘に抵抗されながら花柚子を収穫した。その場所はわが家の中で一番収穫のし難い場所なので梯子を架けての少々危険な作業だったがどうにか目的を達した。
 3家族のジャムや柚子茶になる。 
 ただし、孫の夏ちゃんが後日採りに来る分は木に残しておいた。

 その作業中ひとつ好い事があった。頭上をゆったりと鷹が飛んで行ったのだ。鹿背山のオオタカだと思うがカメラは持っていなかった。オオタカは久し振りだった。
 この辺りでは鷹はカラスの集団に追いかけられて不様なことが多いが、19日はほんとうに悠々と飛んでいて見とれた。

    庭での作業中、蝋梅の香りが爽やかだった。
 「いい香りですね」「明日から寒いそうですね」などと通行人が声をかけてくれた。
 長期の大寒波! ウスイエンドウの苗、気の早いアジサイの新芽、ニオイバンマツリ等々寒さに弱い草木は耐えられるだろうか。

 夜には首相の記者会見があった。「与党連合が過半数を得たら憲法改正、防衛政策の見直しが支持されたことになる」との発言には寒波以上に背筋が寒くなった。
 CIA並みの機関を作る、スパイ防止法を作るなどは特高警察国家の宣言と思われる。
 中国に対してはまるで開戦前夜のようだった。
 常識ある経済界からしても高市内閣は亡国の政権ではないだろうか。
 いま対抗しなくていつの日か!という気持ちになってきた。

2026年1月19日月曜日

羊頭狗肉でなければよいが

    幾つかのテレビ局の夕方のテレビで、ニュースの終わりに赤ちゃんの誕生や誕生日を祝う短いコーナーがあるが、近頃は、キラキラネームを通り越して「その漢字でそう読ませるか??」という名前に驚くことが多い。
 もうそれが普通なのだから「驚くあんたが古い」と言われそうなので、まあそれも子供への親ばかなのだろうと認めようか。
 ところで、政党の名前はどうだろう。
 過去の新党の名前を適当に思い出してみると、国民新党、新自由クラブ、日本創新党、みんなの党、維新の党、改革クラブ、希望の党、減税日本、サラリーマン新党、新党さきがけ、スポーツ平和党、福祉党、民主改革連合などなど、どうも「名は体を表す」とは言い難いものも少なくない。
 キラキラネームではないが、単純に名前と名前から受けるイメージや宣伝文句で「信じる」のは〇〇詐欺にあう思考傾向と似ている。西洋ばかり眺めて東洋の知恵を馬鹿にすると「羊頭狗肉」の故事成語が解らない。
 さて、ラテン語に由来する、共有、共通、共同という意味の「コミュニズム」は町のコミュニティー会館などとして普遍性を持っているが、生産手段を協同体で運用しようという近現代の思想を「共産主義」と訳したのは明治の日本人で、言ってみれば、その言葉(漢字)を中国などが輸入したので、言葉(漢字)のことだが本家が日本だというのはあまり知られていない。
 「中道」という言葉は仏教にもあるが、右と左の中間が中道だというのはあまりに安っぽい理解でないか。釈迦の教えはそんなに安っぽくはない。例えば話題の「台湾有事」について、日本が攻められてもしないのに出かけて戦争しようという右の意見と、憲法違反の戦争はするなという左の意見の間の「中道」ってあるのだろうか。
 遠い昔に民社党という政党があったが、中道の名の下に肝心なところで裏切ってばかりいたように感じている。 
 今度の方々は、最初の最初から「安保法制は合憲」「原発再稼働容認」らしいから、もっと解りやすい。

2026年1月18日日曜日

嫌な時代の雰囲気

    近くのけっこう広い公園と
そこに表示されている注意書きをパチリ。
 どう見ても全てのボール遊びが禁じられている。
 ボール遊びといってもピンからキリだが、固くないボールもあるのじゃないか。
 小さい子供にあたったらどうする。何かあったらどうする。・・そういうことだろうなあ。

  世にいうモンスターペアレント対応だろうか。
 何かとりあえずは禁止にしておけば責任はかわされるというような底意が見えるようだ。個人の感想だが。
 ニッポン、ほんとうにそんなのでよいのだろうか。
 下の黄色い表示は最近追加されたものだ。
 きっと自治体に注文というか抗議あたりがあったのだろう。想像。
 カスタマーハラスメントにうなだれる公務員の姿が見えるようだが、職員側も一人で悩まずみんなで相談して、力を合わせて意見を述べたらどうだろう。
 この看板から、公務員のメンタル不調が透かし見えるようだ。・・みんな個人の感想。

2026年1月17日土曜日

胡姫酒肆

    先日、漢、唐の長安城の市(市場)について講義を受けたが、そのレジュメの中に、西市の中の「行(こう)」の分布図があった。
 行とは市場の中の果物屋とか肉屋とか同業者による商店街のようなものである。
 古代中国の市場であるから基本的には壁に囲まれているのだが、その西門周辺に、〇〇食店というのと並んで酒肆や胡姫酒肆とあったので、李白の「少年行」を思い出した。

  「少年行」 李白
   五陵年少金市東  
   銀鞍白馬度春風  
   落花踏盡遊何處  
   笑入胡姫酒肆中 
 
 五陵の年少 金市の東
 銀鞍 白馬 春風を度る
 落花踏み盡くして何れの處にか遊ぶ
 笑って入る胡姫の酒肆の中

「五陵の豪族の子弟らが東市を行く、白馬に銀の鞍をつけ春風を受けて進んでいく、落花を踏みつくして一体どこへ行こうというのだ、笑いながら入っていくのは胡姫のいる酒肆の中だ」
・・李白が詠んだのは東市だが、子弟らが入っていったのは胡姫酒肆だった。そして長安はクルド人など胡姫の居る西域に近かった。キャバレーかショーパブといったところだろうか。胡旋舞などの言葉は今もある。
さらに城壁に沿っては、公の記録にはなかっても安宿と歓楽街があったともいう。
古い古い古代史の勉強が、いやに解りやすいイメージになってきた。
(掲載した図はネットにあった「井出敏博の日々逍遥」にあったもの)

2026年1月16日金曜日

あれから31年

    1.17からもう31年も経過したのかと思うとゾッとするが、記憶は昨日のことのように残っている。その記憶はとりあえず横に置いて・・・
 
 さて、神戸の六甲道で被災された洋食屋Mon Ami(もなみ)が大阪で再開された店でたまたま人が少なかったとき(普通は常に店外に行列状態)に、カウンターでオーナーに「梅田から西向いて電車に乗ると街が美しくなりましたね」と話しかけたときオーナーが、「そう見えますか?」「私には借金の山に見えるんです」と返されたのを今も思い出す。

 その後の東日本大震災や能登半島地震を見ても、日本列島は自然災害を避けられないが、「阪神」のとき政府が「日本は資本主義の国だから個人補償はできない」と言い放ったのに対して、日本共産党が、小田実氏や幅広い住民やそのグループと団結して、避難所の諸問題の改善から、個人財産への支援金支給である「被災者生活再建支援法」を成立させたのは特筆すべきことだった。

 他国の大災害のニュースの映像などを見ると、避難所などの施設や環境が大きく改善されているように見えるが、それに比べると、この国では軍事費や「裏金」は膨らんでいる一方、ほんとうに災害対策は放ったらかしの気がする。
 災害も怖いが、この国の政治の劣化も怖ろしい。

 阪神のニュースで頑張られた久米宏氏の訃報にお悔やみを申し上げたい。

2026年1月15日木曜日

小正月

    1月15日は小正月。
 先日友人から「お正月飾りはいつ外すのが正しいのでしょう。関西は15日と書かれているものが多いが近所はもう外しているが」というメールを戴いた。
 世間全体が気ぜわしい時代にいつまでもお正月気分ではいられないという雰囲気にも一理はあるし、だいたい解散総選挙という生臭い話が降ってわいてきたので、私も注連飾りなどを少し早く外した。
 そして15日、神社に行く暇も惜しいので、わが家でとんどを催行した。
 そこそこそれらしいとんどであった。

古き仏たち

    菊の香や奈良には古き仏たち 芭蕉 といわれるが、仏像を信仰から離れて鑑賞するのも面白い。と、・・少し不遜なのは申し訳ないが。
 例えば興福寺の阿修羅像。20世紀初頭にピカソらが唱えたキュビズムが人間の顔を多面的に描いたが、すでに奈良時代の仏像はひとつの体にいくつもの顔を持っていた。これって考えると至極納得。キュビズムの先駆かも。

 私が子どもの頃の漫画に「未来の飛行機」というのがあって、それには長い翼とそこにプロペラがいくつもついていたが、人間の発想というか想像力は昔もよく似たもので、各地の千手観音というのは、こういう力もある、ああいう力もあるというのを形にしたらそうなったのだろう。
 その発想を「単純だ」というのではなく、人知を超える知恵や働きを文字以外で伝えるのには適切だったのだと思う。

 服装(着物)の文化でいうと、多くの埴輪は左衽(さじん・左前)であったが、719(養老3)年に右衽※とされて今日に至っている。ところが古い仏像には右衽も左衽もあるから、律令など浸透していなかったのか、それとも仏師のこだわりか? きっと前者ではないか。
 そもそも左衽は中国の北方民族=夷狄の風俗とされていたが、騎馬民族の戦闘力が格段に勝っていたので、紀元前3世紀、趙の武霊王は胡服騎射を採用したとあるので仏教の守護神四天王に左衽が見られないかと注目しているが、戦闘服のためもうひとつよくはわからない。
 ・・・というようなことを考えながら、実生活には何の効用もないが、奈良の古刹を巡っている。

右衽(うじん)を右前(みぎまえ)という。前の相手の人から見て右側の衽(おくみ・襟)が上であるからという説明もあるが、前という字には先という意味もあるから右の襟を先に合わせてから左を上に合わせるという意味で右前だと思う。

2026年1月14日水曜日

一部の議員秘書

    国会議員の秘書というと受付やお茶くみと誤解されている方もおられるが、実は少なからず議員の代理で仕事をしたりする。 
 古い話をしてもよい歳になったから語ると、私が労働組合の役員であった頃、野党とはいえ社会党の議席は多く、それを支えていたのが総評だった。
 そして有力な労働組合の大幹部は社会党議員の秘書を兼ねていたので、「議員の秘書だ」というと使用者側にけっこうな圧を持っていた。そんな現場をいくつも見てきた。秘書には秘書のバッジがあった。
 我われは、いわゆる総評非主流派で政党支持の自由派であったから、そういうものを冷ややかに眺めていた。
 そんな古い思い出を書いたのは、1986年から本格化した統一協会による自民党秘書への潜入作戦が統一協会の霊感商法温存に絶大な力を発揮し、はては山上被告の家庭破壊のような不幸をいっぱいバラマイタからである。
 だから多くの自民党議員が統一協会員を秘書にしていたということは大きな半ば犯罪行為だったと私は感じている。
 そして最近、国民民主党の某秘書の兼業先が堂々と東京電力になっていたと報道された。
 ここまで露骨でなくても、国民民主党の議員本人が電力総連、つまりは電力会社社員というのも少なくない。
 原発に反対できないはずである。
 この記事は、議員秘書制度を否定しているものではない。しかし、議員の国保税ちょろまかしを指南した維新の元秘書なども含め、よくない秘書もいる。

2026年1月13日火曜日

原稿を書く

    突然(というほど予想外でもなかったが)の衆議院解散総選挙が現実味を帯びてきたので、受けて立つミニコミ紙を急遽発行しようということになった。
 この急転直下は高市政権の弱さの表れそのものだが、そこは力関係。もたもたしていると弾き飛ばされる。
 ミニコミ紙で反撃しようとその旨を発信したところ、瞬間的に原稿を送ってくれた友人がいて感激した。
 つられて私も3本ほど書いたが、書きたいテーマは山ほどある。今は裏方に回ろうと書くのを抑制しているところだ。
 高齢者にとっては短期決戦はありがたい気もするが、始動が遅れれば時機を逸す。
 「こういうテーマで書くよ」とテーマ分担の予約も入っている。
 多彩なテーマで短い読みやすい記事がたくさん集まるといいなあ。

2026年1月12日月曜日

枯凋性(こちょうせい)

    雑木林にひときわ目立つ木がある。なぜ目立つかといえば常緑樹でもなく、落葉樹のようだが枯れ葉が落ちず、「ちゃらんぽらん」の漫才ではないが、中途半端やなあ~。
 こういうのを枯凋性(こちょうせい)というらしく、先祖は常緑樹であったものが落葉樹に変身中らしい。知らんけど。
 名前はブナ科コナラ属のクヌギで、実はドングリ中のドングリ。
 夏にはカブトムシなどの甲虫が来るので有名。

    検索してみると、冬にも葉が落ちないので「受験生の守り神」というような文に出くわしたが、それならもっと美しい常緑樹がいっぱいあるのに・・、それに枯れ葉の見た目があまり美しいとも思えないので、この文章にはへえ~というのが私の感想。

 シイタケ栽培の原木でもある。昔友人の「種打ち」を手伝ったことがある。わが家では息子がシイタケが苦手だったので、わが家では栽培してこなかったが一度やってみようかな。
    備長炭に代表される白炭に対してクヌギの炭は黒炭、その代表が菊炭。
 

2026年1月11日日曜日

十日戎から楽々亭

    10日に今宮戎神社(今宮の戎っさん)の「十日戎」に出かけた。このお参りをしなくてはどうも年が改まった気がしない。
 さてさて神さまの世界も俗物人間どもに汚されていると見えて、福笹を付けてくれる福娘やお嬢さんたちに向けては「撮影禁止」の表示が大々的になされていた。
 AIによって悪質な編集がされるからと思うとやむを得まいが・・・
 もう一つ、例のコロナ以降、社殿の裏でドンドンと叩く銅鑼もなくなったままだ。ただ、裏の賽銭箱には長蛇の列だった。昔はこんなことはなかったが??? 神さまの世界も時代とともに・・・なにか味気ないなあ。
 でもって並ぶのは止めて、裏の遠くから、”奈良の夏ちゃん、凜ちゃん、頼んまっせ!”と声をあげてきた。

    そして、今宮戎から難波へ出て、しばらくぶり(何十年ぶり?か)で夫婦で焼肉の楽々亭へ入った。
 ここへ来たからには、ロースなんかの焼肉では面白くないので、盛り合わせ以外にマメ、ツラ、ハートを追加した。焼肉というよりも、ホルモンと言っていた時代を思い出す。もちろんアオ(ネギ)の追加も昔のままお願いした。

 20代の頃よく来ていたことをいろいろ思い出して、気分は半世紀以上若返ったが、にごり酒を飲み過ぎて帰りのホームでへなへなとひっくり返った。現実は後期高齢者以外の何者でもない。妻には節酒せよとお説教を戴いた。
 戎っさん! 商売繁盛はエエから家内安全を頼んます。
 その上に余力があれば、内外の好戦主義者にお灸をすえてね!
 天気もよく、まあ好い十日戎だった。